富士フイルム、フィルムづくりは「良質な水」保全から始まる

記事のポイント


  1. 富士フイルムの創業工場の立地は「良質な水」の観点で選ばれた
  2. 創業の原点である写真フィルムの製造には、きれいな水が不可欠だからだ
  3. 神奈川県足柄市にある創業工場を訪ねた視察内容を報告する

■小林光のエコめがね(40)■

富士フイルムの創業工場の立地選定は、「良質な水」の入手可能性の観点で行われた。創業の原点である写真フィルムの製造には、きれいな水が不可欠だからだ。筆者(小林)は神奈川県足柄市にある創業工場を訪ね、今も大切に使われている水源を視察させていただいた。本連載の第34回(2023年11月)でも富士フイルム・グリーンファンドの活動を紹介したが、改めて所感を報告しよう。

富士フイルム足柄工場の水源池
富士フイルム足柄工場の水源池(写真1)

富士フイルムは現在、グループとして年商3兆円に達する幅広い事業を行っている。国内工場十数拠点のうち、足柄工場では、研究開発部門のほか、製造部門として、創業以来の写真フィルム、今日では、インスタントカメラ「チェキ」のフィルムなどを製造している。

ここで使われる技術は、数十種類の薬品を水に分散させ、複数の層を一度に塗布する同時多層塗布の技術であり、創業以来守られている清澄な水が活用されている。

同工場は複数の水源を持っており、十分な水利権があるので、取水可能量の4割程度しか使用していない一方、製造には上水は一切使用していない。

■ 水源の湧水で日本酒づくりも

写真1は、主な水源となっている「第一水源」で、湧水量は年間1000万㎥にも達する。水源池の上にカバーが掛かっているのは、遮光して、水草などが生えることを防ぐためである。水面からは、川から遡上してきた数多くの淡水魚が見えた。

全硬度は39mg/ℓで、WHO基準の軟水上限の半分程度で、TOC(全酸素要求量)は0.3mg/ℓ未満だ。有機物の含有量も極めて少なく、米国で注射液製造用の水に求められる基準0.5mg/ℓの半分程度の清澄さであった。

清澄さの理由は、箱根火山の外輪山として残った明神ケ岳に降った多量の雨水が、何層もの熔岩層などに濾されて麓に地下水として湧出する、天然の濾過作用にある。

製造工程に使うために、さらに浄化するものの、原水としては飲むのも畏れ多いきれいな水である。実際、近隣の瀬戸酒造(神奈川県開成町)では、この水を宮水として使い、アジサイや桜が持つ天然酵母でお酒を醸している。写真2は、そうしたできた日本酒「富士王」だ。

フィルムや印画紙の製造時に使用する水に不純物が含まれると、製品にその不純物が残り、感光、発色しない所ができる。撮影は一回限りのチャンスである以上、その時間、断面をきちんと画像に留める責任がフィルムメーカーにはある。商品は、その責任を必ずや果たしてくれるに違いない、という信頼関係で購入されている。したがって、同社は投入物としての水へ強い関心を寄せているのである。

清酒「富士王」
日本酒「富士王」(写真2)

■ 水リスクへの対応、CDPからA評価

水へのこうした強い関心は、同社への投資家からの評価を高める上でも役立っている。

統計を取ったことはないが、日本企業の持続可能性評価では、エネルギーなどは高評価が取れても、水資源保全や人権では評価を下げているケースが多いように感ずる。

ところが、富士フイルムホールディングスの経営上の水リスクへの対応に対するCDP(※)による評価では、これまで、最高のAリストや、A⁻評価を獲得しており、ベストプラクティスと言えるレベルの格付けとなっている。

※CDPは、英国の非営利団体。脱炭素をはじめ、水リスクや森林保全に関する企業の取り組みの情報を集め、格付けしている

そうした評価の元になった富士フイルムの経営情報を、同社のTCFD(気候関連財務情報タスクフォース)に基づくレポート(23年発行の日本語版)で見てみよう。

まず、どこの企業でも作っている温暖化シナリオによるリスクと事業機会(オポチュニティ)の分析では、温暖化進行(4℃上昇)ケースの経営リスクの冒頭に、洪水や渇水による操業上の障害をあげている。

他方、同ケースでのオポチュニティにおいても、水に関連する商機や商品をあげていて、具体的には、イオン交換膜技術、高感度の気象監視カメラなどを紹介している。シナリオに基づく経営影響分析に続けた、リスク対応の各論では、その「いの一番」に水への対応を掲げ、水資源の投入量に関する削減率目標を明らかにしている。

さらに、今後の方針を聞くと、水に関するリスクの高い地域に重点を置いた取り組みを進める、とのことであった。これは、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が23年に公開したフレームワーク(Ver.1.0)において、企業の拠点が所在する各地域で、自然への依存や自然変化による影響にどう対処しているかを重視する方向が示されたことと軌を一にするものと言える。

国際的な高評価は、同社が、このように、水の大切さをビジネス自体に反映させている点が好感されたのではないかと思われる。

日本企業、そして日本人は、水は潤沢にあるものと信じ込んでいるが、実は、人口当たりの水資源量は国際的にみて決して多いわけではない。さらに、気温が上がれば、降るときにはたくさん降り、乾くときはどんどん乾く。水は、使いにくいものになっていく。是非、日本企業の水への取り組みを強め、投資家評価を、高めていってほしいものである。

hikaru

小林 光(東大先端科学技術研究センター研究顧問)

1949年、東京生まれ。73年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、環境庁入庁。環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任し、2011年退官。以降、慶應SFCや東大駒場、米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。社会人として、東大都市工学科修了、工学博士。上場企業の社外取締役やエコ賃貸施主として経営にも携わる

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キーワード: #サステナビリティ

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