記事のポイント
- スマートフォンは視覚障がい者にとっても便利に使えるツールだ
- しかし、うまく使いこなせている人は少ないのが現状だった
- リモートアシストは視覚障がい者が使いやすいスマートフォンを発売した
スマートフォンは、弱視や全盲など視覚障がいを持つ人にとっても、便利に使えるツールだ。遠くの文字を写真に撮って手元で拡大したり、音声の道案内を活用したり、様々な日常生活の不便さを解消する。しかし、うまく使いこなせている人は少ないのが現状だ。カメラや通信での遠隔支援事業を行う「リモートアシスト」(大阪府茨木市)はこのほど、視覚障がい者が使いやすいスマートフォン「エルビー(LB)フォン」を発売開始した。(ライター・遠藤一)
エルビーフォンは、視覚障がい者専用のスマートフォンで、遠隔援護サービスも付けられるのが特徴だ。
エルビーフォンを企画・販売する藤井慎一・リモートアシスト社長によると「視覚障がい者は高齢者が多い。スマートフォンはテキストデータを読み上げたり、音声を聞きながら指の動きで操作する機能など、視覚障がい者をサポートする機能もあるが、使いこなせるのは、ごく一部の方。大半の方は使いこなせない」と言う。
スマホを使いこなしている視覚障がい者であっても、音声ナビゲーション中は他の機能が使えないなどのストレスや、「画面の拡大はいらないが文字だけを大きくてほしい」など個別のニーズもあると言う。
■困りごとに合わせたオーダーメイドのスマホづくり
エルビーフォンを開くと、ホーム画面は弱視者が見やすい黒背景だ。アイコンや文字も大きく設定してある。
弱視者が使う「拡大」「読み上げ機能」も、一般的なスマホのように設定しなくても、手元に届いた時にすぐに使えるようになっている。
拡大のスーミングも、通常のブラウザの限界を超え、より大きく表示できる。
さらに読み上げ機能の操作についても、iPhoneのボイスオーバー、またAndroidのトークバックよりも単純化した動作で、わかりやすく操作が可能だ。
指が通過しただけで読み上げ、弾く動作で次の段落や箇所へ即座に移動するなど、ストレスなく使える工夫がされている。
電話着信の際にも、表示を確認せずとも、画面を2本指で触るだけで通話ができるなど、見えにくい人でも最小かつ簡単な操作で、素早く行える。
エルビーフォンの購入者には事前にヒアリングが行われる。その人の日常の困りやITスキル、必要なアプリを聞き取り、視力に合わせた色合いやフォントにカスタマイズする。その人に合った環境があらかじめ設定されたオーダーメイドのスマホが届く。
さらに、希望する人には「遠隔援護サービス」も追加できる。リモートアシスト社製の専用ウェアラブルカメラを通じて、訓練を受けたスタッフが、家の中の困りごとをサポートする。
カメラの端子をエルビーフォンのUSB端子につなぐと、自動的にアプリが起動、カメラのボタンを押すと通話が開始できる。
例えば、家電の説明書を探したり、その文面を読んでもらうなども、ボタン一つで気軽に聞けるシステムだ。
藤井社長は「弱視の人は、見えづらさが徐々に進行していく。今のうちにスマートフォンを使いこなせれば、全盲になった時に支援などの選択肢も広がる」と語る。
■定年前に大手電機メーカーから独立、「電気製品でサポートしたい」
藤井さんは大手電機メーカーに勤務し、テレビのマーケティングを担当していた。
そのテレビには番組情報などを合成音声で知らせる「ボイスガイダンス」機能がついており、音声に従えば番組の視聴や録画の予約などもできる。番組の副音声と合わせながら使うと、視覚障がい者でもテレビ生活を晴眼者同様に楽しめるのだ。
ある時、デジタルテレビの使い方を視覚障がい者向けにレクチャーしてほしいという依頼が来た。藤井さんは、経験もノウハウも無かったというが、手探りで行っていくうち「視覚障がい者の方たちが、どれだけ苦労して、それでもテレビを楽しみたいか初めて知った」と言う。
そして全国色んな視覚障がい者向けの展示会を回っていくうちに「電気製品を通じて、もっと彼らをサポートしたい」と思うようになった。
そこで、ウェアラブルカメラ(ハンズフリーで身に着けて撮影出来るカメラ)を使い、視覚障がい者を遠隔からサポートする新規事業を提案する。しかし答えは「障がい者をサポートする体制を社内でつくることはできない、採算が取れない、ノウハウが無い」とのことで、見送りとなってしまった。
藤井さんは当時55歳。「遅すぎるかもしれないが、最後のチャンスかもしれない」と独立を決意した。カメラと通信を通じて視覚障がい者を遠隔支援する「リモートサポート」を起業したのだ。
視覚障がい者への支援事業だけでは厳しいことは分かっていたため、建設現場や製造現場での遠隔支援など様々な業務形態での遠隔サポート事業を柱とした。
■大半の視覚障がい者は、スマホを使いこなせない
ビジネス現場への遠隔サポート事業は、働き方改革やコロナ禍のリモート化の波を受けて拡大したが、視覚障がい者への支援事業は伸び悩んでいた。視覚障がい者には高齢者も多く、カメラと通話を通じた遠隔サポート機器に馴染みがないことが一因だった。
カメラと通話が一緒になったものとしては、スマートフォンが普及しているが、視覚障がい者の持つ携帯電話は、「ガラケー」が多い。ボタンの配置などで、触覚で電話をかけられるからだ。
さらに、スマートフォンにはテキストデータを読み上げたり、音声を聞きながら指の動きで操作する機能があるが、藤井さんによると「使いこなせるのは、ごく一部の方。大半の方は使いこなせない」とスマートフォンを使いこなすのにも、至難の業だと言う。
そんな時、視覚障がい害者対象にスマホ教室の講師をしている岸本将志さんに出会った。
弱視の当事者で、プログラマーでもある岸本さんは、Androidを自分なりに使いやすくカスタマイズできるよう、10年以上も研究を重ねていたのだ。岸本さんは、見えにくい人に特化したパソコンサポートを行うフロッグワークス代表でもある。
藤井さんは「まさに探していた人」と光が差したようだったと言う。タッグを組めば、実現出来るかもしれない。2人は意気投合し、視覚障がい者が使い易いスマホの開発に取りかかった。
まずは、視覚障がいの当事者たちにヒアリング。既存の携帯電話の不便な点、またどのような機能があればよいかを徹底的にリサーチした。
そして約1年間の開発期間を経て、2024年2月に発売した。
■「ひとりのデジタル弱者も取り残さない」
実際に利用した当事者は「文字の入力画面もすごく大きく、いつもよりスマホの画面から目を離してみることが出来る」「初期設定や自分の見えやすい環境を作ること自体が簡単に出来ることではないので、ヒアリングして反映してもらえるとすごく便利」「弱視は見え方が一人ひとり違う。またスマホで自分の見えやすい環境を作るのが簡単ではない。オーダーメイドで設定してもらえるとすごく便利」と好評だ。
エルビーフォンの価格は月額5500円、遠隔支援サービスが付けば月額7700円になる。藤井さんは「当事者の方に幅広くご利用いただくため、リーズナブルな価格設定にした」と言う。現在の販売件数はまだ数十台だが「いずれ大半の視覚障がい者様がご使用いただければ」(藤井さん)と、当事者の生きやすくなるツールとして広まってほしいと願う。
数年前、藤井さん自身も緑内障の診断を受けた。次第に視野が狭くなり、今は弱視の領域に入りつつある。やがて見えなくなるかもしれないと言う。藤井さんは「私もパソコンは黒背景にし、大きいモニターに拡大して見ている。半年前まではiPhoneユーザーだったが今はエルビーフォンを愛用している」とのことだ。
視覚障がい者は誰でもなりうる可能性がある。藤井さんは「エルビーフォンにより視覚障がい者や高齢者がスマートフォンを使いこなせるようになり、ひとりのデジタル弱者も取り残さない世の中を目指したい」と静かに熱く語った。