価値創造ストーリーに「独自性」を持たせるには

記事のポイント


  1. 日本企業の成長期待の向上に向けた情報開示の課題克服が求められている
  2. ビジネスモデルや戦略の記述情報と既存の法定開示書類の一体化を
  3. 「記述情報の内容・質」に加えて独自の価値創造ストーリーが重要だ

資本市場が重要視する企業価値に関する指標として、PBR(株価純資産倍率)や PER(株価収益率)、ROE(自己資本利益率)などがあります。足元の収益性・資本効率を示すROEは徐々に改善していますが、PBRやPERに関しては伸び悩んでいます。企業は、独自の価値創造ストーリーを描くことが重要です。(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)

企業の情報開示は、投資家の投資判断の基礎となる情報を提供するものであり、それを通じて中長期的な企業価値の向上を図るものでもあります。近年、日本企業の情報開示は「情報の内容・質」「開示体系」などの観点から課題が指摘されています。

経産省は、将来に向けた方向性として、ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの記述情報と既存の法定開示書類を一つに集約するという大胆なグランドデザインを提案しました。企業にとって重要なことは、それら記述情報の内容及び質であり、独自の価値創造ストーリーです。

日本企業の成長性に関する投資家の評価は総体的に低い

資本市場において重要視される企業価値に関するパフォーマンス指標として、PBR(株価純資産倍率)や PER(株価収益率)、ROE(自己資本利益率)などがあります。

過去10年間、足元の収益性・資本効率を示すROEは徐々に改善してきていますが、PBRやPERに関しては伸び悩んでいます。PBR= PER×ROE であることから、この状況は、国内外の投資家による日本企業に対する将来の成長期待(PER)が、業種や企業により違いはあるものの、依然として総体的に(欧米企業との比較においても)低いことに起因しているという見方もあります。

何故、日本企業に対する将来の成長期待が総体的に低いのでしょうか。

これには様々な要因が考えられますが、一つには、日本企業による情報開示の問題点が挙げられます。日本企業による情報の開示量は増えているものの、その内容と質がなお不十分(将来の成長を期待できるものになっていない)、または、投資家等アピールすべき利用者に情報が効果的に伝わっていない、といったことが考えられます。

このような課題認識に基づき経産省は、2024年4月に「企業情報開示のあり方に関する懇談会」を設置し、議論を重ねてきました。6月25日、これまでの3回の議論の結果を「課題と今後の方向性(中間報告)」として公表しました。

「情報の内容・質」「開示体系」ともに課題あり

我が国でのサステナビリティ情報を含む企業の情報開示は、様々な媒体(有価証券報告書、事業報告・計算書類、コーポレートガバナンス報告書、統合報告書、サステナビリティレポート等)を通じて進展してきました。

一方、開示体系の複雑性、開示内容の充実化の必要性、開示量の増加に伴う問題点などについて国内外の市場関係者などから課題が指摘されています。

本懇談会では、諸外国企業との比較を通じて日本企業の情報開示の現状を確認しました。その上で、「情報の内容・質」及び「開示体系」などの観点から以下のような課題が提起されました。

1) 企業価値向上に資する開示情報の内容・質が不十分

ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略など、投資家が長期の投資シナリオを作るために重視する情報について、当該企業の強み・独自性を踏まえた上での開示が、内容と質共に未だ不十分。

2) 開示書類間の記載内容の重複

現状の日本企業の情報開示体系では、法定開示書類(有価証券報告書、事業報告・計算書類、コーポレートガバナンス報告書等)及び任意開示書類(統合報告書、サステナビリティレポート等)において、相互に及びそれぞれに記載内容の重複が見られる。

3) 有価証券報告書と統合報告書の使い分け

有価証券報告書と統合報告書では、各企業において使い分けが行われている。例えば有価証券報告書は、主に過去の実績のデータベースとして用いられ、統合報告書は、主に企業の将来の価値創造をナラティブで伝えるために活用されている。

これに対し投資家からは、企業価値に関する情報が2つの書類に分断して記載されることに加え、2つの報告書が違うタイミングに異なる記載ぶりで開示されることにより、情報収集にコストがかかり、情報の正確な理解を阻害する可能性があることを懸念する意見もある。

持続的な企業価値向上に資する企業情報開示の姿 (グランドデザイン)

本懇親会では、将来の開示に向けた2つのグランドデザインが提案されました。一つは、既存の法定開示書類を一本化し、任意開示としての統合報告書の役割を維持するもの(案1)です。もう一つは、既存の法定開示書類を一本化した上で、ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの記述情報を包含するというもの(案2)です。

両案に共通する一番のポイントは、有価証券報告書、事業報告・計算書類、コーポレートガバナンス報告書などの法定開示書類の一体開示です。

有価証券報告書は金融商品取引法(金融庁)、事業報告・計算書類は会社法(法務省)、コーポレートガバナンス報告書は有価証券上場規程(東京証券取引所)という様に、それぞれ根拠となる法令等が存在します。

そのため、一体開示までの道程には困難が伴うことが想定されますが、内容の重複回避、情報収集にかかるコスト削減など投資家及び企業双方における負担軽減を考慮すれば、本懇親会の提案は大いに検討の価値があると思われます。

それ以外にも両案の共通点には、定時株主総会前の一体書類の開示、英文による情報開示、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)形式での情報開示などがありますが、ここでの説明は割愛します。

ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの扱い

両案の相違点は、ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの記述情報の扱いです。案1では、多くを任意の統合報告書に委ねることから、従来通り個々の企業の創意工夫に基づく自由な情報開示が可能です。

案2では、現行の有価証券報告書とは明確に異なる開示規定・制度や開示促進策を整備し、それを企業に対して政府が普及・啓発していくことが必要になります。

本懇談会では、一つの法定開示書類に、より多くの情報を盛り込む体系である案2を目指すべきとする意見が比較的多く挙げられた様です。その理由として、財務情報と非財務情報が一つの書類(ワンストップ)で開示されることにより、持続的な企業価値向上に資する一貫性のある情報が開示され、投資家が将来キャッシュ・フローを予測するために必要な情報を得やすくなるなどの意見がありました。

情報開示の要諦は企業独自の価値創造ストーリー(7つの要件)

案1にしても、案2にしても鍵を握るのは、ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの記述情報の内容・質です。それらを含む企業独自の魅力的な「価値創造ストーリー」を如何に分かり易く描き、投資家等に持続的な企業価値向上に向けた成長期待を抱かせることが出来るかが重要です。

筆者が考える「価値創造ストーリー」を構成する7つの要件は以下のとおりです。

① サステナビリティ視点でのメガトレンドの理解・分析

  • 地球規模のサステナビリティに係る潮流を理解し、自社の経営の持続可能性に及ぼす影響をリスクと機会の両面から分析

② 長期ビジョンの策定及びマテリアリティの特定

  • 自社の価値観(企業理念、パーパス等)とメガトレンド分析などに基づき、自社が長期的に目指すビジョン(経営の姿・方針・成長イメージなど)を策定
  • 長期ビジョンの実現に向けて取り組むべき重要課題(マテリアリティ)を特定

③ ビジネスモデル・価値創造プロセスの構築

  • マテリアリティに基づき、長期ビジョンの実現に資するビジネスモデル(持続的な価値創造の基盤となる設計図)や価値創造プロセス(企業が有形・無形の経営資源を投入し、競争優位性のある事業を運営することで顧客や社会に価値を提供し、持続的な企業価値向上へと繋げていくプロセス)を描く
  • 利益・成長至上主義から社会課題解決と利益創出の同時実現を目指すビジネスモデル・価値創造プロセスへのトランスフォーメーションが肝

④ 経営戦略の策定

  • ビジネスモデルや価値創造プロセスを実行するための経営戦略を策定
  • 事業ポートフォリオの最適化、競争優位の源泉となる独自の経営資源・無形資産及びステークホルダーとの関係性の維持・強化など

⑤ 経営戦略の実行

  • 経営戦略と連動した組織設計と人材戦略の実行
  • KPI(財務、非財務)の設定とPDCAマネジメント(価値検証含む)
  • コンプライアンスおよびリスクマネジメント(環境・人権デューディリジェンスなど事業が社会に及ぼす負のインパクトを回避・軽減するための取組を含む)

⑥ ステークホルダー・エンゲージメント

  • 株主・投資家を始めとする幅広いステークホルダーの声(期待・要請など)を取り込み、取締役会や経営での議論を踏まえ、サステナビリティ経営の継続的な改善・改革を目指す

⑦ サステナビリティ経営の基盤としてのコーポレートガバナンスの確立

  • 株主・投資家、顧客、従業員、取引先、地域社会などステークホルダーの立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを確立
  • サステナビリティの観点を踏まえた経営戦略の方向付けと監督、後継者計画、社長/CEOの選・解任、経営陣の評価・報酬、社外取締役の活用、取締役会の実効性評価など

企業は独自の価値創造ストーリーをしっかり描こう

日本企業が投資家等に成長期待を抱かせ、持続的な企業価値向上に繋げていくためには、①~⑦の要件を含む独自の魅力的な「価値創造ストーリー」をロジカルに、分かり易く描くことが何より重要です。

将来的には、そのエッセンスを一本化された法定開示書類に、新たな開示規定・制度や開示促進策に則り記載していくような情報開示の新しい姿が実現されることが期待されます。

企業は、そのような情報開示の姿の実現を徒らに待っていてはいけません。開示体系がどのようなものになるにせよ、長期ビジョン、ビジネスモデル、価値創造プロセス、戦略などの内容・質を常にブラッシュアップさせておくことが必要です。

経営陣とコーポレートスタッフや事業部門が総力を結集して、自社の「強み」を核とする独自の魅力的な「価値創造ストーリー」をしっかりと描き出す不断の努力が求められています。

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

東北大学理学部数学科卒。NECでソフトウェア開発、品質企画・推進部門を経て、CSR/サステナビリティ推進業務全般を担当。国際社会経済研究所(NECのシンクタンク系グループ企業)の主幹研究員としてサステナビリティ経営の調査・研究に従事。現在はフリーランスのサステナビリティ経営研究家として「日本企業の持続可能な経営のあるべき姿」についての調査・研究に従事。オルタナ編集委員

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キーワード: #サステナビリティ

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