日立製作所のサステナ経営を支える「DXツール」とは

日立製作所は「SX銘柄2024」に選ばれる他、「日経統合報告書アワード」で度々表彰を受けるなどサステナビリティに関して先進的な企業との評価を受けている。しかしながら、実はその裏側では多くの課題もある。その課題解決の一助として開発されたのが、企業内のESGデータの収集・可視化・分析を効率化する「ESGマネジメントサポートサービス(ESG-MSS)」だ。(オルタナ副編集長=池田 真隆)

国内外に多くの拠点を抱え、多岐にわたるESG関連データを収集することには多大な労力がかかる。そこで、同社は、多くのビジネスパーソンが普段から使い慣れているメールとExcel*1でデータ提供を行うエンドユーザーからデータを効率的に集められるシステムを開発した。

使い慣れたExcelを活かしつつ、ESGデータを効率よく収集・分析できる

ESG-MSSの構想が日立製作所の社内で立ち上がったのは2018年ごろだ。グローバルでのサステナビリティに関わるマネジメントの高度化や、投資家からの情報開示要請などに対応すべく、ESGデータを集約して活用できる基盤を整備することが必要だと考えた。

その当時、同社のサステナビリティ担当部門はESG情報の開示に向け、国内外のグループ会社にも依頼が必要だったものの、その数は膨大であった。ESGデータ特有の課題である「開示項目の変化」へ柔軟に対応でき、収集したデータを可視化・分析できるといった、自社のニーズに沿った市販ツールが無かったことがツールを自社で作ることになったきっかけの一つだ。

ツールを開発するにあたり気を付けたのは、「誰でも使いやすい仕組み」だ。新しい操作方法を習得しなければならないシステムを導入すると、利用者から拒否反応を示されたり、何度もトレーニングを実施したりするなどの導入障壁がある。技術的には国ごとのセキュリティポリシーの影響を受けることもある。

そこで、このツールではあえてシンプルにExcelとメールだけでデータの収集をできるようにした。Excelを用いる利点は使いやすさだけではない。Excelで作成した帳票でデータを集めるので、収集したいデータ項目が変わる際にはユーザー自身で修正できるため、変更のたびにITベンダーに依頼をして作業を行うコストがかかることもない。

労働安全衛生データの収集・集計、年間34%の工数削減に

日立製作所は、自社で抱えた悩みは、ほかの企業でも抱えているのではないかと考えた。こうして、2020年ごろから一般向けの販売も視野に入れた活動を始めた。サステナビリティの中でも労働安全衛生に関わるデータの収集に関心のあった日立建機と共に、ESG-MSSの実証実験を始めた。同社では2012年から各現場の管理監督者がExcelなどで労働安全に関わるリスクを報告していた。

リスクは件数として把握されるものの、危険源や必要な対策の内容は十分共有されておらず、現場間の災害予防策に役立てることができていなかった。

そこで、まず取り組んだのは、リスクアセスメントにおける用語やリストへの表記内容の標準化だ。リスクの記入方法に一定のルールを設け、安全担当者間の意識をすり合わせた。

ESG-MSSでは収集するデータの定義を自由にカスタマイズできるため、回答データの不具合を自動検知してエラー通知する機能や自動リマインド機能など、収集作業を効率化できる機能が揃っている。

実証では煩雑なデータのやり取りが効率化され、現場部門含め年間約34%の工数削減につながった。その後、日立建機では2022年8月からESG-MSSの本番導入に至った。

この結果を受けて、日立製作所は2022年9月、ESG-MSSの一般販売を開始した。ESGの中でもE(環境)に特化してデータを可視化するサービスは増えていたが、ESG全体のデータを統合管理できるサービスはまだ少ない。

価格もSaaS型のクラウドサービスなので、初期費用を抑え、部門単位で手軽に導入できるようになっている。利用者数に応じて、月数十万円から利用できる。
ESG-MSSの担当者である泉加那・金融システム営業統括本部事業企画本部ESG推進室主任はこう話す。

「ESGデータの収集にシステムを導入している企業の割合は24%程度(経産省調べ)。約7割の企業がExcelで収集している。そこで、ESG-MSSでは、既存のExcel帳票をなるべく活かしてデータを集められるよう開発を進めている」

日立製作所と「CSRD対応」を学ぶ

欧州(EU)に進出する企業にとって、喫緊の課題となっているのがCSRD(企業サステナビリティ報告指令)への対応だ。CSRDによって、EU域内における一定規模以上の企業は、幅広いサステナビリティに関わる項目について開示を行うことが義務化された。

ESG-MSSでは、こうした新しい開示規制にも対応する。CSRDが求める第三者保証に対応した機能を備えることに加え、日立製作所が自ら実践で培ったノウハウをシステムに組み込んでいく計画だ。

ESG-MSSの利用企業には、日立製作所が作成した、「CSRDテンプレート」の提供も行う。このテンプレートは、CSRD/ESRSが求める開示内容に、同社が利用者にとって分かりやすくするための解説を加えたものだ。

金融システム営業統括本部事業企画本部ESG推進室の戸田麻友氏は、「ESG-MSSの利用企業と連携しながら、CSRDなど新しい開示ルールに対応していきたい」と話した。

ESG-MSSの拡販担当・戸田氏(左)と泉氏

ESG情報開示を高度化し、運用機関と「つなぐ」サポートも

日立製作所は、ESG-MSSでESGデータの収集・可視化に取り組むだけでなく、運用機関への開示もサポートする活動を推進する。それが、銀行、保険など金融機関7社と2023年7月に立ち上げた、一般社団法人サステナブルファイナンスプラットフォーム運営協会(SFPF運営協会)だ。同協会を立ち上げた背景には、運用機関と上場企業をつなぐプラットフォームを求める声が増えてきたことがあるという。

SFPF運営協会の事務局を務める、日立製作所 金融システム営業統括本部事業企画本部ESG推進室の萩原晶子・部長代理は、「日立製作所の幅広い事業領域において多くの上場企業のマネジメント層から運用機関にどのように情報を届ければ効果的なのかが分からないという悩みをよく聞いていた。一方、金融機関7社も、日頃企業と向き合う中で同じ課題を認識していた。金融機関と日立の課題認識が一致し、課題を解決できるよう協同でSFPF運営協会を立ち上げた」と話す。

SFPF運営協会を立ち上げた経緯を話す萩原部長代理

SFPF運営協会には、日立製作所に加えて、MS&ADインシュアランスグループHD、損害保険ジャパン、東京海上日動火災保険、日本生命保険、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行の8社が参画する。

SFPF運営協会は、運用機関と上場企業の間のESG情報開示に関する相互理解を深めるサービスを提供する。その名称は、「サステナブル・ファイナンス・プラットフォーム/エンゲージメント・サポート・サービス(SFP-ESS)」だ。日立製作所はこのサービスの開発を担当した。運用機関と上場企業双方からの効果的・効率的な情報開示と建設的な対話をサポートし、両者の相互理解を促進する。

上場企業はSFP-ESSのサービスを使うことで、運用機関が上場企業に期待するESG情報開示のニーズを把握できる。国際基準のISSBで採り入れられているSASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)スタンダードに沿った開示が必要な上場企業にとっては、その情報を参照することで、自社の開示方針の策定に活用することができる。

開示項目別に運用機関が開示を求める理由や背景を把握できる

このSFP-ESSは現在事業化前のベータ版だ。ベータ版の利用料金は、上場企業は年間60万円、運用機関は40万円。運用機関、上場企業双方に利用してもらい、価値検証を行う。利用者から、機能やサービスに関するフィードバックを集め、2025年4月以降の正式事業化をめざす。

SFP-ESSは、IFRS財団から、開示基準IFRS S1(サステナビリティ財務情報の全般的要求事項)、S2(気候関連開示要求事項)の利用ライセンスを日本で初めて付与された商用サービスとなる見込みだ。

萩原・部長代理は、「運用機関と上場企業の相互理解によって、しっかりESG経営に取り組む企業に適切にお金がまわる仕組みの構築に貢献したい。SFP-ESSを日本発のグローバル・ナショナルインフラに成長させることをめざす」と意気込む。<PR>

*ESGマネジメントサポートサービスに関する情報を受け取りたい方はこちら

*1 Excelは、マイクロソフト グループの企業の商標です。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

執筆記事一覧
キーワード: #脱炭素

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..