■世界のソーシャルビジネス
ベトナムでは人口の約14%を少数民族が占めるが、貧困や教育などさまざまな課題に直面している。そうしたなか、黒モン族のスー・タンさんは、ベトナム北部の山岳地帯サパで、社会貢献を目的にした旅行会社を立ち上げた。少数民族のホームステイやトレッキングサービスを提供する。(オルタナ副編集長・吉田広子)
ベトナムの首都ハノイから、車で6時間ほど北西に進むと、標高1600㍍の山岳地帯サパに行き着く。一面に広がる棚田が美しく、ベトナムの桃源郷として、世界中から観光客が訪れる。しかし、そこで暮らす少数民族は、その恩恵を受けられていない。
ベトナムには、モン族やターイ族など53の少数民族がいて、人口の約14%を占める。だが、多数民族であるキン族に比べ、山岳地帯で暮らす少数民族の貧困率は高い。栄養不良や教育へのアクセスなどが社会問題になっている。 サパのラオチャイ村出身で黒モン族のスーさんは、家計を助けるために、9歳で学校を辞め、路上で手工芸品を売り歩いた。
収入はわずかだったが、外国人観光客とコミュニケーションを取るうちに、少しずつ英語を話せるようになっていったという。
その後、ホテルで働きながら、サパの可能性と課題を実感したスーさんは、少数民族の教育問題に取り組むことを決意。オーストラリア人の友人の協力を得て、2010年に旅行会社「サパ・オチャウ」を立ち上げた。少数民族が運営する少数民族のための会社だ。
■ 収益はすべて地域に還元、無料の寄宿舎も
サパ・オチャウは、「社会貢献」をミッションに掲げ、少数民族の生活向上と持続可能な観光の両立を目指した事業を展開している。
サパで初めてモン族所有のホームステイを実現したほか、現地ガイドを育成してトレッキングサービスを提供する。おしゃれで実用的な手工芸品づくりにも取り組み、女性職人の収入向上を支援する。仕事を創出することで、子どもたちが学校に通えるようになるとの考えからだ。
ツアーでは、英語を話せる少数民族の現地ガイドが、近隣の村々をトレッキングしながら案内する。半日から1週間まで、幅広い旅程に対応する。ほかにも、マーケット見学や手工業体験など、さまざまなアクティビティを用意する。
ツアーで得た収益は、少数民族の子どもたちへの衣類提供、学校の改修、識字率向上のための夜間英語教室など、地域貢献プロジェクトに還元する。
2010年には、経済的または地理的な理由で高校に通えない子どもたちのために寄宿舎も開設。宿泊費、食費、学費は無料で、ボランティアが英語や数学、コンピューターなどの補習授業を行う。
こうした功績が認められ、サパ・オチャウは、ベトナムで初めて正式に「社会企業」に登録された旅行会社になった。スーさん自身も、2016年にフォーブス誌の「30アンダー30 (30歳未満の特筆すべき30人)」、2019年に「ウーマン・オブ・ザ・フューチャー・アワード東南アジア社会起業家部門」の最終選考に選ばれるなど、国内外から高く評価されている。