サステナ経営塾第20期下期第1回レポート

株式会社オルタナは2024年10月16日に「サステナ経営塾」20期下期第1回をオンラインとリアルでハイブリッド開催しました。当日の模様は下記の通りです。

①JTBグループのDEIB戦略~多様な人財が個々に輝けるJTBグループに向けて~

時間: 10:30~11:45
講師: 髙﨑邦子 氏(株式会社JTB常務執行役員DEIB担当人材開発担当、働き方改革担当(CDEIBO))

■時代の変化に合わせ、ビジネスモデルを変革する

・冒頭、髙﨑氏から、自己紹介に続き、ツーリズム産業について、移動、宿泊、食(食材の提供)など幅広く、その経済波及効果が55.8兆円、雇用創出456万人(全国就業者数の6.6%)となっていることなどを概説された。
※出所:観光庁「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究(2019年版)

・JTBは1912年設立以来、時代の変化に合わせてビジネスモデルを変革させてきた。今では、人と人、人と地域、人と組織の出会いと共感を生み出す「交流創造事業」をドメインとして、「発地」「着地」の地域の魅力を掘り出し、旅行事業だけではなくソリューションカンパニーとして様々な課題解決に向け幅広い商品やサービスを提供している。例えば自治体とともに地域課題の解決にも対応している。

■DEIBの取り組みは、危機感からはじまった

・JTBがダイバーシティ推進の取り組みを始めたきっかけは、2006年に初の国内外グループ会社役員の集結大会を実施し、400名中女性が1%しかいなかったことだ。その後これまでのD&Iの考え方を踏襲しつつ、2023年4月よりDEIB(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、ビロンギング)としてさらに進化させた。性別、年齢、国籍、障がいの有無といった外面の多様性を拡充するだけでなく、価値観や経験など、内面の多様性も活躍できる場づくりを進めている。

・DEIBの推進は採用、人財育成(※)、イノベーション創出にも寄与することから、JTBでは人財戦略とも連携し、中期的な目標とその進捗を社内外に開示しながらDEIB戦略を進めている。「Belonging(ビロンギング)心理的安全性」はDEIを推進するのに必要な考え方であり、安心して自分らしさを発揮できる・居場所があると感じて心理的安全性を担保する事がパフォーマンス発揮につながると考えている。
※JTBグループでは、人をもっとも大切な資産、グループ最大の財産であると捉え「人材」ではなく「人財」としている。

・髙﨑氏は同社のDEIB戦略は、実現すべきゴールから順に、目指す姿、経営上のインパクト、JTBグループのありたい状態、DEIBステートメント、各種実践する施策などを明確に可視化し、共有を図りながら進めているとして、その内容を詳説された。

■ビジョンから施策に落とし込む

・講義後、会場から、施策からではなくビジョンから施策を落とし込み、言葉を定義しながら社内に発信している点が素晴らしいとの感想が出た。また社内浸透を図る上での工夫について質問が出た。髙﨑氏は、施策から入ると施策を実行する事が目的化しかねないので、遠回りのようでもまずビジョンを共有することが重要だと話した。社内浸透策については、まだ満点とは言えないとしながらも、熱量を込めて社員に話す取り組みを、さまざまな層に向けて縦横無尽に行うことが重要だと述べた。

・JTBの統合報告書を読んだ参加者からは、女性管理職比率が37%と高いにもかかわらず男女の賃金の差異が男性100に対して女性は61.1%(全労働者)となっている背景についての質問があった。髙﨑氏は、女性社員比率が62%ある中で女性管理職比率が38.1%は、人数に対しての管理職比率の割合はまだ低いと認識していると話した上で、賃金の差異についてはライフスタイルの変化に応じた働き方の多様性に対し、会社の制度(例えば勤務日数短縮制度や転勤・転居の免除など)を活用し柔軟な働き方を選択している女性の方が多いことが男女の賃金の差異に影響していると説明した。女性が活躍し長く働き続けられる環境を整えるとともに、マルチに活躍できるキャリア自立を支援する取り組みを進めていきたいと述べた。

②ESG情報発信とIR戦略

時間: 13:00~14:20

講師: 荒井 勝 氏(NPO法人日本サステナブル投資フォーラム 会長)

第2講は、NPO法人日本サステナブル投資フォーラム 会長の荒井勝氏が「ESG情報発信とIR戦略」について講義した。

■「国連責任投資原則(PRI)」への署名広がる: 世界5353機関が署名

・国連は2006年にESGを投資プロセスに組み入れる「国連責任投資原則(PRI)」を発足した。背景には、最大級の長期投資家である年金基金にESGやサステナブル投資をどう広めるかという課題があった。

・発足当時、署名機関数は世界で約60社だったが、2024年10月現在、5353機関にまで拡大した。日本では年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめ140機関が署名している。

・荒井氏は「世界の上位20基金中、13基金(資産比率75%)がESG投資に取り組んでいる。主要な投資家のなかで、ESGの組み込みは、すでに当たり前になっていることが分かる」と説明する。

■GPIFを中心に、日本でもESG投資が進む

・日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)の調査によると、日本のサステナブル投資残高は537兆円に上る(2022年末)。日本でESG投資・エンゲージメントが本格化した要因の一つに、アベノミクス三本の矢の「民間投資を喚起する成長戦略」がある。その一環で、GPIFの改革が進み、2015年9月にGPIFはPRIに署名した。

・GPIFは、取り組み方針として、「エンゲージメント活動でESGに適切に配慮する」「運用受託機関を通じてESGに取り組む」「投資先企業のESGの取り組みについて説明を求める」ことなどを定めた。荒井氏は、「PRIの発足から10年経っての署名は遅いが、それでも世界最大の年金基金であるGPIFの方針は、日本で大きな影響を与えた」と話す。

・GPIFの資料によると、ESG債への投資額は2024年3月時点で1.6兆円だった。GPIFが保有するESG債の内訳としては、グリーンが72.1%、ソーシャルが15%、サステナビリティが10.6%だ(2024年3月末時点)。

・GPIFが選定したESG9指数の収益率は、この数年高まっている。「昔は、ESGは投資のリターンを下げるという主張があったが、それは180度変わった。ESGの観点で選ばれた企業のパフォーマンスは良いということが結果として表れている」(荒井氏)。

■統合的な情報開示が、企業価値の向上につながる時代に

・荒井氏は「サステナブル投資は大きな変革期を迎えている」と指摘する。「株式から多資産へと急拡大し、政府や中央銀行、NGOなど、世界ではさまざまなグループが取り組みを広げている。一方で、グリーンウォッシュの懸念があるように、定義や説明の明確化が求められている」。

・企業はどう情報開示を進めれば良いのか。荒井氏は、「まず企業は、社会とのかかわりを考えることが必須の時代になったことを認識する必要がある。財務情報とESG情報の統合的な情報開示は、企業価値の向上につながる時代になった。株式の長期保有にもつながる」と話す。

・荒井氏は、「投資家のエンゲージメントは重要だが、直接対話できる投資家の数は限られている。だからこそ、統合報告書やウェブ上の情報を充実させることが重要だ」とアドバイスした。

③企業事例: ネスレ日本のCSV戦略

時間: 14:35~15:55

講師: 嘉納 未來氏(ネスレ日本株式会社 マーケティング&コミュニケーション本部 執行役員 コーポレートアフェアーズ統括部長)

第3講には、嘉納未来・ネスレ日本執行役員が登壇し、自社のパーパス(存在意義)やCSV(共通価値の創造)について講義した。具体的な取り組みとして、再生農業への移行などを説明した。

■ネスレ日本のパーパスとは

・ネスレ日本のパーパスは、「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」だ。未来世代まで視野に入れた点に特徴がある。

・パーパスに基づき、大きく3つの分野に焦点を当て、CSV(共通価値の創造)を推進する。1つ目は「家族とペットのために」で、同社が創業以来取り組んできた栄養改善などを掲げる。2つ目は「人と地球のために」で、気候変動や生物多様性などに取り組む。3つ目は「コミュニティのために」で、DE&Iや人権、持続可能な調達などを課題とする。

■「コーヒーの2050問題」に取り組む

・ネスカフェは世界で毎秒6千杯飲まれているが、将来的にはコーヒーを気軽に入手できなくなる恐れがある。コーヒー栽培に適した土地は、北緯25~南緯25度に限られているが、気候変動の影響で2050年までに、アラビカ種のコーヒー栽培に適した土地が最大で50%減ると予測されている。「コーヒーの2050年問題」だ。

・さらに深刻なのがコーヒー農家の貧困だ。約1億2,500万人がコーヒー生産に依存した生計を立てる一方で、そうした農家の約8割が貧困状態であると推定されている。

・こうした課題の解決に向けて、ネスレ日本は2022年、「ネスカフェ プラン2030」を立ち上げた。2025年までの中間目標として、責任ある方法で調達したコーヒー豆の購入量を100%にすることや、コーヒー豆調達の20%を再生農業で育てた豆に切り替えることを目指す。

■「再生農業」への移行をめざす

・再生農業とは、土壌の健全性と肥沃度を高め、水資源や生物多様性の保護を目指す農業のアプローチだ。健全な土壌は気候変動の影響にも強く、収穫量を増やすことができる。

・再生農業への移行のために、2030年までに10億スイスフラン(約1700億円)を投じる。契約農家が移行できるように金銭的な援助で後押しする。道のりは長く、「リジェネレーション(再生)の旅」とも呼ばれる。しかし、もたらす環境・社会インパクトは大きい。

・一定の成果も出てきた。再生農業に移行することで、農家の収穫量は5~25%向上した。2023年のデータでは、コーヒー豆1キロ当たり15~30%の温室効果ガス削減につながった。

・2025年までの中間目標の達成は射程圏内に入っている。その後、2030年までの目標として、調達するコーヒー豆のうち50%を再生農業に切り替えることや、温室効果ガス(GHG)排出量を50%削減することを目指していく。

④脱炭素と企業戦略

時間: 16:10~17:30
講師: 加藤 セルジオ 茂夫氏(公益財団法人自然エネルギー財団上級顧問/気候変動イニシアティブ共同代表)

第4講は、公益財団法人自然エネルギー財団上級顧問/気候変動イニシアティブ共同代表の加藤セルジオ茂夫氏が「脱炭素と企業戦略」について講義した。

・英国では、2015年に「10年後の石炭火力全廃」を掲げて、2024年に全廃を完了した。ドイツは東日本大震災をきっかけに、石炭火力だけでなく原発の全廃を決定し、昨年には原発をすべて廃止した。化石燃料は2028年までに全て閉鎖という道筋を示す。

・一方で日本の脱炭素化へのスピードは遅い。これまでと変わらず石炭火力に依存したエネルギーシステムが動き続けており、それをどうフェードアウトしていくかという明確なポリシーも定まっていないのが現状だ。

・日本でもデカップリングを進めようと、GX(グリーントランスフォーメーション)が始まった。GX基本方針ができて、この方針に基づいたGX推進法、GX推進移行債など政策的な動きが始まった。様々な分野での投資促進も進められており、再エネや原発、アンモニア、CCSから、建築や鉄鋼、セメントなどの業界セクターまで投資やイノベーションについてメニューを揃えている。

・しかし、これらは世界の議論と異なっている。水素・アンモニアを例にとると、世界では製鉄や輸送の面でどのように生かすかが主要テーマだ。日本は石炭火力の設備やビジネスモデルを延命させるためにアンモニアや水素の混焼を検討している。これが世界中から石炭火力延命と批判の的になっている。

・企業の役割を考える上で重要な6つのポイントがある。それは「気候危機の回避:持続可能な社会の構築」、「ビジネスモデル崩壊の回避」「エネルギー危機の回避」「ビジネスオポチュニティ: グローバル投融資の引き込み」「グローバルでビジネス展開するためのチケット」「国際競争力維持」だ。

・「気候危機の回避」については、様々なデータがある。身近なところでも影響が出ている。気候危機はすでに200万人超の犠牲者がでており、600兆円の経済損失が出ている。国土がなくなっているというケースも出ている。

・日本も今住めている平地は海面上昇で消失する可能性がある。「ビジネスモデル崩壊の回避」では保険業界がよい例だ。アクサグループのCEOは「このままだと自然災害が頻発して保険ビジネスが成り立たなくなる」と嘆く。また原材料の枯渇も進み様々な業界でのリスクが顕在化してくるだろう。

・「グローバルでビジネスを展開するためのチケット」や「国際競争力」での好例はアップルだ。アップルは世界中のパートナーに委託して製品をつくっているが、このバリューチェーン全体で脱炭素化にチャレンジしている。逆に脱炭素を達成できないパートナーはアップルと取引できなくなる。日本企業でも1000社が取引しており、これらの企業にはアップルから強い要請が入っている。こういった指針は今後、各企業、そして消費者にも広がるだろう。脱炭素化ができないということは、取引先だけでなく消費者からも敬遠されるリスクがある。

susbuin

サステナ経営塾

株式会社オルタナは2011年にサステナビリティ・CSRを学ぶ「CSR部員塾」を発足しました。その後、「サステナビリティ部員塾」に改称し、2023年度から「サステナ経営塾」として新たにスタートします。2011年以来、これまで延べ約700社900人の方に受講していただきました。上期はサステナビリティ/ESG初任者向けに基本的な知識を伝授します。下期はサステナビリティ/ESG実務担当者として必要な実践的知識やノウハウを伝授します。サステナ経営塾公式HPはこちら

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