台湾・高雄にある「衛武営国家芸術文化センター」は、音楽ホールや屋外劇場などを備えた世界最大級の芸術施設だ。「持続可能性」と「インクルージョン(包摂性)」を理念に掲げ、かつて軍事訓練基地だった跡地に誕生した。包摂性を体現する施設として、台湾の文化的価値を高める役割を果たしている。(在外ジャーナリスト協会・寺町幸枝)
台湾は1970年代から80年代にかけて、政治的・社会的背景から文化活動が制限され、アートやパフォーミングアーツの発展が遅れた。「文化の沙漠」と、評されることさえあった。

近年は民主化や経済発展を背景に、アートや文化事業への投資が進み、台湾は「アジアの文化拠点」として再評価されるようになった。その象徴が、2018年にオープンした世界最大級の芸術施設「衛武営国家芸術文化センター」だ。台湾の文化庁にあたる「国家表演芸術センター(NPAC)」が運営している。
衛武営国家芸術文化センターは、台湾を代表する芸術施設であるだけでなく、包摂性を体現する存在でもある。「すべての人」のための芸術センターを目指し、車イス利用者をはじめ、移動が困難な人や視覚・聴覚に障がいがある人でも楽しめるように設計した。障がいがある人が五感を使って施設を楽しめる体験プログラムや、バリアフリー設計のウェブサイト、点字出版物などにも取り組んでいる。
メディアとの融合も進む。アニメーション映画と共演する音楽コンサートや、テクノロジー・アートスタジオの開設、異文化・多国籍アーティストとのコラボレーションも盛んだ。中国古典小説「西遊記」を題材に、ヒップホップ音楽を取り入れたコメディ・ミュージカルも上演された。

■環境×アートの体験も
環境対応にも力を入れる。舞台制作の現場では、舞台セットの再利用や廃棄物削減、省エネ対策を徹底する。例えば、照明をLEDにすることで、年間6万㌔㌘以上の二酸化炭素排出量を削減した。
24年には、世界的オペラ歌手ジョイス・ディドナート氏の協力を得て、「エデンプロジェクト」を展開。小学生30人は、環境問題に触れながら芸術を体験する機会を得た。
衛武営国家芸術文化センターの創設以来、音楽を学ぶ若者が増え、ジャズやポップスも徐々に正式な音楽教育の中に取り入れられつつある。同センターは、開館から7年を迎えたいま、ようやく軌道に乗りつつある。
24年の年次報告書によると、政府からの補助金利用は減少する一方で、自主財源は約1億2千万台湾ドル(約6億円)増加した。広報担当の涂毓婷(ト・ユーティン)氏は「自主財源比率の向上を目指している」とし、芸術文化の価値に共感する企業パートナーからの支援を得て、人的・物的リソースを拡充してきたという。
「企業のESGへの関心の高まりを追い風に、芸術文化支援の裾野をさらに広げていきたい」と語り、企業や個人支援者との対話を進めている。
今後は、アジア地域における文化交流のハブとしての役割をさらに強化し、多様な芸術表現と国際的なネットワークを拡大していく方針だ。