記事のポイント
- 国内在住の452人が、気候変動対策が不十分として国家賠償請求を起こした
- 国を被告に気候変動の責任を問う訴訟は、国内初のケースとなった
- パリ協定1.5℃目標と合致しない政策により、人権侵害を受けたと訴える
国内在住の452人は12月18日、気候変動対策が不十分であるとして国家賠償請求を起こした。国を被告に気候変動の責任を問う訴訟は、国内初のケースとなった。原告は「気候変動は人権問題」と指摘。日本政府がパリ協定1.5℃目標の達成に向けた対策の義務を怠ったことで、憲法や法律が定める「生命・健康についての権利」や「子どもの成長発達権」が侵害され、さまざまな形で身体的・経済的・精神的な被害を受けていると訴える。(オルタナ副編集長=長濱慎)

◾️「気候変動は基本的人権の侵害」
原告は「気候変動対策に関する日本の行政計画が不十分である」と指摘する。日本はNDC(温室効果ガス排出量の削減目標)を「2013年比」で2030年度までに46%、35年度までに60%、40年度までに73%と定める。
一見すると、パリ協定1.5℃目標に合致した国際的な水準である「30年43%・35年60%・40年69%」を満たしているように見受けられる。
しかし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)「第6次評価報告書」が示す「2019年比」で換算し直すと「30年39%・35年52%・40年67%」に過ぎない。これが世界水準を下回り、温室効果ガス(GHG)を多く排出してきた日本として不十分であることは明白だ。
今や、気候変動の脅威は日本国内でも顕在化している。熱中症による死者は2024年に初めて2000人を超え、ここ30年間で約6倍になった。ゲリラ豪雨による土砂災害、農作物の品質・収量の低下、それに伴う物価の上昇など、暮らしに直接的な影響を及ぼす事例も増える一方だ。
各地では、GHGを多く排出する石炭火力発電の停止を求める裁判が起こされている。これらはいずれも発電事業者を対象としたもので、「国」を相手に気候変動の責任を問うケースは国内初となる。原告弁護団代表の島昭宏弁護士は、訴訟の意義をこう話す。
「本訴訟の目的は、不十分な日本の気候政策を後押しすることにある。現実に気候変動の影響で、命を落とす人も多く出ている。気候変動は基本的人権の侵害であるという、しっかりした司法判断を導きたい」
オランダ、ドイツ、スイス、韓国など海外では、国の不十分なGHG削減目標が市民の権利・人権を侵害する・違憲であるとの判決が相次ぐ。2025年7月には、国連の司法機関である国際司法裁判所(ICJ)が、気候変動対策は国の責任とする勧告的意見を出した。
◾️建設業などでは経済的・身体的被害が顕在化
島弁護士が指摘する通り、気候変動を「人権問題」の側面から捉えることが重要だ。熱中症や風水害は、日本国憲法が保障する「生命・健康についての権利」や、日本も批准した「こどもの権利条約」が定める「子どもの成長発達権」を侵害する。
ビジネスへの影響や経済的被害という意味では「営業の自由」や「財産権」の侵害にもつながる。原告の一人で、都内で建設業を営む秋山喜一さんは、こう話す。
「建設労働者は個人事業主が多く、働く者自身が暑さ対策などのコストを負担しなければならない。そのため、夏場は工事見積もりの3〜4倍に費用が膨れ上がることもある。猛暑のため、働く仲間が現場で倒れるといった被害も起きている」
弁護団は引き続き原告を募っており、今回の第一次に続いて2026年2月には第二次提訴を予定している。訴訟には「呼びかけ人」として、作家やアーティスト10名が名を連ねる。
【呼びかけ人】
斎藤幸平(経済思想家)、明日香壽川(環境学者)、鮎川ゆりか(元WWF気候変動問題担当/千葉商科大学名誉教授)、eri(アクティビスト/アーティスト/DEPT)、加藤登紀子(ミュージシャン)、河合弘之(脱原発弁護団全国連絡会共同代表)、コムアイ(アーティスト)、志葉玲(ジャーナリスト)、関野吉晴(探検家‘クレイジージャーニー’)、吉岡忍(ノンフィクション作家)



