「取り扱い注意!」のソーシャル・インパクト

ソーシャル・インパクト・シリーズ:パート2

社会的インパクト評価の概念整理が難しいのは、そもそもこれが出自の違う「2つの世界」のがまだら状に混ざり合っているものだからだ。混ざり始めてはいるが融合していない。ソーシャル・インパクトには、まだしばらく「取り扱い注意!」のシールを貼っておかなければならない(CSOネットワーク代表理事・今田 克司)

■「評価」と「ソーシャル・インパクト測定」の世界

先月の投稿、「「ソーシャル・インパクト」は小手先では測れない」で紹介したジョン・ガルガーニ氏(Gargani + Company代表/ 元全米評価学会会長)。「Social Impact Day 2018」(1)で来日したガルガーニ氏に行ったインタビュー(2)で強調されていたのは、「2つの世界はなかなかまとまっていかない」だった。2つの世界とは、評価の世界とソーシャル・インパクト測定の世界だ。

日本に比べ、米国では評価の専門性は格段に厚く、全米評価学会(AEA)の会員数は約7000。年次大会には毎年3000人を超える会員が集まる。日本と違って外部評価が多く、政府機関や民間財団等が、国内の教育評価や非営利団体の事業評価、ODA評価や民間の国際開発事業評価などでの多くの評価事業を評価専門家と言われる大学関係者やコンサルタントに委託している。

一方のソーシャル・インパクト測定の分野は、もともと1960年代の海外援助における負の影響を軽減する目的で始まった社会・環境アセスメントに端を発し、1990年代頃から、持続可能性や社会的責任をキーワードに広がりを加速させていった。

前者の用語は評価(evaluation)であり、後者ではアセスメント(assessment)や測定(measurement)である。

前者はより学術的で、主眼が説明責任を果たす(特に資金が効果的に使われたか)、学び・改善を図る(評価によって事業体自身が学び、成長していくか)、新たな知識を創造する(評価から一般化できる要素抽出し、共有知として活用できるか)にある。これに対し後者はより実践的で、インパクト投資の誕生もあいまって、標準化やレーティングの試みがなされ、 市場メカニズムのなかでの「評価」が流通していくような仕組みを充実させていった。

その方法の一つとして、社会的投資利益率(SROI)が編み出されたのもこの頃である。

数十年のあいだ、この2つの世界は併存しており、あまり交わって来なかった。「表1」にこの2つの世界の簡単な対比を示しておく(3)。

ガルガーニ氏がAEA の会長であった2016年には、「インパクト・コンバージェンス(インパクトの接近・収束)」 なる会議(4)を学会年次大会の直前に開催して、評価関係者にソーシャル・インパクト測定の波に関心をもってもらおうとしたが、その後の反響は必ずしも芳しいものではなかったという。とはいえ、AEAではこれをきっかけにソーシャル・インパクト測定のワーキンググループができ、日本からはソーシャル・バリュー・ジャパンの伊藤健氏と筆者が参加している。

評価とソーシャル・インパクトの対比

■ソーシャル・インパクト測定の課題

ソーシャル・インパクト測定の分野では、2010年代以降、結果を意思決定(特に次に同様の事業を行う資金提供をするかの決定)に使おうとする動きが加速しており、マネジメント・コンサルティングとのつながりを強め、測定のための様々なツール開発が進んで現在に至っている。

その加速役として特筆すべきは投資家あるいはその周辺に位置する人々で、投資判断に使う恰好の材料として、この分野の知見が使われ始めていることだ。

世はトリプル・ボトム・ラインの時代、ESG投資の時代である。経済的リターンだけでなく、環境的リターンや社会的リターンを的確に測れるツールがあれば、投資家によっての時代の要請にも応えることとなり、「願ったり叶ったり」となる。

ところが、である。評価専門家の間で、こういった流れへの反響は必ずしも好意的ではない。ガルガーニ氏との対話などを通して、それには概ね以下の理由があると感じている。

1)市場は必ずしも社会にとっての最適解を導き出さない

ソーシャル・インパクト測定は、市場メカニズムを活用して、事業単位そして社会全体のソーシャル・インパクトの最大化を図る。しかし、「Social Impact Day 2018」の基調講演でガルガーニ氏が述べていたように、市場メカニズムが社会課題解決の誘導役であるのと同時に、市場メカニズム自体が社会課題自体を発生させている根源なのだとしたら、現状の市場メカニズムの土俵に乗っている限り、ソーシャル・インパクト測定を社会課題解決の万能薬とするのには大きな疑問が残る。

2)標準化・一般化の波は多様性を阻害する

ソーシャル・インパクトの標準化は、それを市場メカニズムで流通させるためには必要条件となるのだろうが、そこでは、ソーシャル・インパクトの多様性が矮小化されてしまう。現に、インパクトを測りやすい指標を作り、インパクトの出やすい対象集団を優先させるインセンティブをこれが誘発ことは、すでに多くが指摘している。ソーシャル・セクターの活動の強みはその多様性にあり、生み出すソーシャル・インパクトが多様であることを認める指標開発ができない限り、多様性は阻害されてしまう。その問題認識は共有されているとはいえ、この問題に対する解決策が共有されているとは言い難い。

3)ソーシャル・インパクト測定における標準化は、科学的精緻に欠ける

評価専門家のなかでもインパクト評価を専門家にする人にとって、介入のありなしでの差である純インパクト(ネット・インパクト)を測るための方法の精緻化はかなり成熟している。因果関係の確立(こうすればこうなる)と一般化は、他への応用を効かせるためだけでなく、それによって科学的知見の増進に貢献する、いわば評価の王道である。昨今のエビデンス・ベースの政策形成(EBPM)の動きともあいまって、なにをもってエビデンスとすべきかに、インパクト評価の知見を応用していこうという動きも強まっている。そのような立場からすると、ソーシャル・インパクト測定における標準化には科学的方法論での厳格さに欠けるものが多く、学術的な議論の俎上に乗らないという懸念も聞かれている。

■新しいパラダイムへの「3つの橋」ふたたび

先月の投稿のおわりに、ガルガーニ氏が思い描いている「3つの橋」について書いた。

「金融」、「評価」、「発明・発見」の橋。特にその3つ目をしっかり作り上げることで、私たちはソーシャル・インパクトを語り、測り、評価する新しいパラダイムにたどり着くことができる。ただ、その道のりは平坦・平易ではない。

現在必要なのは、ソーシャル・インパクトを測る平易なツールを探し、それに飛びつく前に、私たちが置かれている上記のような時代性を意識することから始めることだろう。別に日本がソーシャル・インパクトの分野において遅れているわけではない。世界共通の課題として、新しいパラダイムを作って行く試みに、私たちも参入していかなければならないのだ。

◆今田克司(いまた かつじ)
(一財)CSOネットワーク代表理事、(特活)日本NPOセンター副代表理事、(一社)SDGs市民社会ネットワーク業務執行理事。米国(6年半)、南アフリカ(5年半)含め、国内外の市民社会強化の分野でNPOマネジメント歴24年。2015年度内閣府社会的インパクト評価ワーキンググループ委員、社会的インパクト評価イニシアチブ共同事務局メンバー、日本評価学会研修委員会メンバーなど、NPOに評価文化を根づかせる試みでも牽引役を果たしている。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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