NZ銃乱射事件1カ月:実は180年続く白人優先主義

■英国植民地化と共に国内に入り込んだ白人優先主義

事件の翌日、クライストチャーチのムスリム・コミュニティを訪問したアーダーン首相(C)Kirk Hargreaves (CC BY 4.0)

1840年、近代国家形成の礎といわれるワイタンギ条約が先住民マオリと英国君主の間で交わされた。これにより同地は英国領となったが、マオリが有する土地や文化の継承は約束されていた。しかし植民地軍はマオリの土地を侵略。1845年から約27年間にわたるニュージーランド戦争でマオリの多くが殺され、「滅びゆく民族」と呼ばれるほど人口が激減した。

実はこの時、植民地軍にも予想を上回る死傷者が出た。「大英帝国は『上』、マオリは『下』で、マオリなどにやられるわけがない」という奢りがあったからだとされる。結果的に英国移民が権力を手に入れたものの、今度はそれを維持し、奪われまいと、守りの姿勢に転じていった。

オークランド大学のデイモン・セレサ太平洋学部准教授は「英国や欧州での人種に対する典型的な考え方は、2つ以上の人種が共に繁栄することはなく、社会は必ずヒエラルキーで構成される」と解説する。その言葉通り、ニュージーランドは英国出身の白人を支配層とする「南の『英国』」を目指した。

1840年までは誰もが行き来自由だったが、条約締結を境に、英国の白人以外は病気や異文化を持ち込む「望ましくない」存在になった。マオリや中国人、南太平洋諸国の人々に、19世紀には一部のヨーロッパ人、ユダヤ人、インド人など、第一次大戦後にはドイツ人や社会主義者が「望ましくない」人種に加わった。

1919年にまずこうした出自の人々を排除する法ができ、翌1920年には厳しい移民規制法が施行され、英国・アイルランドの出自でない者は入国が困難になった。法で「NZ白人優先主義」を守ろうとしたのだ。

容疑者の出身国であるオーストラリアにも、英国植民地の歴史があり、19世紀後半から強化された白豪主義が20世紀半ばまで存在した。家族は海外旅行中に容疑者が急進的になったと言うが、母国の影響も少なからずあるに違いない。

■民族の多様化で、追いつめられる白人至上主義者

最初の事件現場となったアル・ヌール・モスクBy James Dann (CC BY-SA 4.0)

容疑者は、「我々(白人)の土地に侵略者がおり、どこも安全ではない」と、事件前にネット上に声明文を発表している。事件後の記者会見でアーダーン首相は「容疑者が犯行場所としてニュージーランドを選んだのは、国民の民族多様化が進んでいるからだ」とコメントしている。

第二次大戦後、米国では公民権運動が展開され、英国植民地では本国からの分離を求める運動が、国内でもマオリ文化復興運動が活発化した。国民の多くは、今まで当然と考えてきた人種偏見が間違いであるという事実を突きつけられた。

1973年、英国が欧州経済共同体に加入すると、英国への輸出品に対する優遇措置を含め、二国間で結ばれていた経済協定は打ち切られた。これに後押しされ、ニュージーランドのアイデンティティーは「太平洋諸国の一国」へと変化していく。1974年、社会・経済の変化を背景に、1920年から続いていた英国白人を優先する移民規制法は廃止された。

1975年、労働党政府は南太平洋諸国からの移民を増やす政策を打ち出す。1981年に国内で行われた対南アフリカ戦のラグビーの試合では、南アのアパルトヘイト政策に抗議する市民が競技場に押しかけ、抗議運動を展開した。

こうした流れの中で、白人至上主義者たちは徐々に行き場を失うように感じた。1977年、政党NZナショナルフロントを、また後にフォース・ライクに代表されるギャンググループも立ち上げた。

マッセイ大学で白人至上主義を研究するポール・スプーンリー教授によると、現在の国内の白人至上主義者グループには2つの思想があるという。1つは大英帝国との絆と白人という人種を維持しようという考えだ。

もう1つはファシズムと結びつく思想だ。オーストラリアや米国、欧州ではファシスト議員が選出されているが、ニュージーランドでは今のところ水面下の動きに留まる。とはいえ、支持者は全国的に広がっているという。

今回事件が起こったクライストチャーチは、1989年のネオナチ主義者による一般市民の殺害以来、同様の事件が数件起こり、白人至上主義の温床になっていることをスプーンリー教授は指摘する。今回の銃撃事件の容疑者はダニーデン在住だったが、クライストチャーチの同志と連絡を取っていた可能性がある。

クライストチャーチでは、カンタベリー地方大震災後の復興再建に海外からの建設労働者が多く導入された。オークランドでは、今年に入ってから、反イスラム主義や白人至上主義を唱える、カナダ人ポッドキャスト配信者の講演が禁止された。白人至上主義者は、国内で進む多民族化とそれを推進する政府、支援する社会に脅威を感じ、追いつめられている。

デイモン・セレサ オークランド大学准教授はこう言う。「『ディス・イズ・ナット・アス』という言葉は、国民が自分を肯定し、悲しみを乗り越え、前に進むのに大切な役割を果たすだろう。一方で、植民地であった歴史と共に白人至上主義が存在するのは紛れもない事実。私たちはそれを受け止め、対峙していかなくてはいけない」。

editor

オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

執筆記事一覧
キーワード:

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..