※この記事は3月5日正午から有料記事になりました。

SDGs(持続可能な開発目標)が日本で浸透するにつれ、その反作用とも言える動きも出てきました。すなわち「SDGsは欧米の陰謀だ」「真面目に取り組むと損をする」――などの論調です。その根底には、「自分たちが知らないところでルールが決まり、押し付けられているのではないか」という漠然とした不安があるようです。(オルタナ編集長・森 摂)

最近、SDGsについてのある本を手に取りました。具体的な書名は控えますが、「SDGsは世界規模のうさんくさいもの」「ずるい欧米白人が儲けるために考えた」などの文言が並んでいました。

一方、斎藤幸平・大阪市立大学准教授は、ネットの対談記事で「SDGsは大衆のアヘンである」と主張しました。当該記事の一部を引用します。

つまり「SDGsの方針をいくつかなぞれば、気候変動などの問題は解決可能だ」と、SDGsを免罪符のように思い込んでしまうことです。SDGsやグリーン・ニューディールは、環境に配慮しながら経済成長できるという空気を醸成しています。

しかし、多くの科学者が指摘し始めたように、そもそも経済成長と二酸化炭素削減は、求められているペースでは両立しえないものなのです。つまり、無限の経済成長を追い求める資本主義に緊急ブレーキをかけない限り、気候変動は止まらない。これが問題の核心部分なのに、SDGsはそこから人々の目をそらさせる。その点を危惧しています。

■経済成長と二酸化炭素削減は両立しえないか

SDGsを「免罪符」として使う企業もあることは事実でしょう。特に、言っていることとやっていることが違う場合には「SDGsウォッシュ」と批判される可能性はあります。

一方で、「免罪符と思われるのではないか」と心配しすぎる企業も少なくありません。私はそれを「SDGs内弁慶」と呼んでいます。実はしっかり取り組んでいるのに、それを社内外にうまく発信できない状態です。

いずれにしても、免罪符にならないよう、本業の仕組みを少しずつでも変えていくことで、問題は解決するはずです。「免罪符だからやらない」という理由にはなりません。

むしろ、上記の記事で気になるのは、「多くの科学者が指摘し始めたように、そもそも経済成長と二酸化炭素削減は、求められているペースでは両立しえない」の部分です。

具体的な科学者の名前と論文名が書いていないので、不明な部分も多いですが、私は寡聞にしてそのような科学者の明確な主張を知りません。

むしろ、世界ではこの10年、「経済成長と脱炭素は両立できる」という「デカップリング」論の方が主流であり、これまでの気候変動枠組み条約やSDGsの流れを支えてきたと認識しています。

ユニリーバのポール・ポールマン前CEOは「当社が世界で展開する400のブランドのうち、サステナビリティを前面に掲げた28ブランドは、他のブランドより成長が47%速い」と公言していました。90年代のリコーも、環境対策と事業成長を両立させた好例です。

■「SDGsは大衆のアヘン」なのか

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