【連載】地球の目線2021(5)

世界的な脱炭素化の流れを受けて、日本政府もようやく「2050年に実質ゼロ」を宣言した。だが「脱炭素」は、真に持続可能(サステナブル)なエネルギー社会設計の一側面でしかない。周回遅れでようやくこの概念がメインストリーム化しつつある今こそ、真に私たちが目指すゴールを確認しておこう―――。(竹村 眞一・京都芸術大学教授/オルタナ客員論説委員)

菅首相は3月31日に「第1回気候変動対策推進のための有識者会議」を開いた

地球温暖化が世界共通の課題として認識され、「気候変動枠組条約」が締結されたリオの地球サミットから、ほぼ一世代が経過した。

この30年、人類は何をやっていたのか?いや、それどころか産業革命以降に人類が排出した累計CO2の「半分」は現在アラサーの世代が生きてきた、このわずか30年の排出によるものだ。

1989年の冷戦終結で、隔てる壁がなくなった世界。経済のグローバル化と新興国の経済発展で、人類全体のエネルギー消費とCO2排出は激増。

1980年代まで化石燃料消費と炭素排出をほぼ独占していた欧米日のG7先進国が計7億人程度だったのに対し、中国・インド・ブラジル・インドネシアなどG20 新興国の人口は計40億人超――この人口規模を考えても、人類社会はこの30年にまったく新たなフェイズに突入したことがわかる(ちなみに世界人口もこの30年に25億人増えた)。

10代の若者の気候デモで「世代間対立」が強調される昨今、決定権をもつ上の世代の意思と行動が問われるのは勿論だが、「脱炭素」がいま生きている全世代共通の責任であり課題であることも確かだ。

また、ともすれば温暖化や海面上昇のリスクは「今世紀末には何℃(何cm)上昇」といった遠い未来の問題として語られ、それゆえ「自分には直接関係ない」課題として捉えられがちだった。

だが近年の台風災害や山火事の多発、北極圏の急激な温暖化と永久凍土崩壊、そしてこの30年で人口と資産集中が激増した沿岸低地都市の海面上昇リスクなどの顕在化で、ようやく「自分の人生で直面するリスク」と認識されるようになってきた。

昔から環境問題に取り組んできた多くの方々には「以前から警告していたこと」「遅きに失した決断」の感も強いだろうが、この30年の人類社会のレジームシフトを考えれば「脱炭素」を語る文脈そのものを更新(アップデート)すべき時だといえる。

■「脱炭素」は単に「温暖化防止」「炭素排出削減」だけを意図したものではない

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