人工と自然の融合ー五島列島で起きるエネルギー革命

【連載】地球の目線2021(6)

「脱炭素」への動きが国内外で加速するなか、「実質ゼロ」達成のためには温室効果ガスの排出削減だけでなく「ネガティブ・エミッション」ーーとりわけ炭素吸収源となる自然資本(陸や海の生態系;グリーン/ブルー・カーボン)への投資も不可欠だ。(竹村 眞一・京都芸術大学教授/オルタナ客員論説委員)

再エネへの転換促進とともに、風車やメガソーラーの設置が地域の生態系破壊や自然資本の劣化、地場産業との対立などを生まないよう、多様なステークホルダーにとってウィンウインとなるような包括的な事業ビジョンが必要となる。九州の離島で始まった小さな実験は、そんな一石二鳥、一石三鳥の新たな地域経済デザインの先駆例かもしれない。

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東シナ海に浮かぶ五島列島の「浮体式」洋上風力発電の実験――。

その旗振り役の渋谷正信さんは、もともと東京湾アクアラインなど海洋建築物の海中工事を請け負う工業ダイバーとして、NHK「プロフェッショナル」はじめ多くのTV番組でも紹介されたトップランナーだ。また自身が手がけた人工構造物が海の生態系を破壊していないか自主的に影響調査を続け、日本全国の海の経年変化データを、各地で海底工事や災害救助などで潜水するたびに独自に蓄積してきた。

その結果、たとえば東京湾アクアラインの人工島を支える海中構造のまわりには以前よりも魚貝の種類や量が増え、「人工物もやり方によっては自然生態系を破壊せず、むしろ豊かにし得る」という事実を実証した。

また日本全国の「磯焼け」(海の炭素吸収源=ブルーカーボンであり、魚たちの産卵場、防波堤ともなる海草・藻場の崩壊)を憂慮し、鉄分を補給する人工物の海底投入など海の再生への取り組みも進めてきた。そんな渋谷さんだからこそ、洋上風力発電が海の生態系にも地元の漁業(水産資源保全)にも貢献するようなスキームを説得力をもって提案しえたのだ。

2つの海洋プレートが沈み込む「変動帯」日本の沿岸は、急激に水深が深くなり潮の流れも激しい。その分、深層のミネラルを海面にもたらす湧昇流のおかげで豊かな海中生態系が育まれているが、遠浅の北海に立ち並ぶイギリスの洋上風力のような海底設置型の風車は難しく、「浮体式」(海底係留型)の洋上風力に期待が集まる。

もとより工業ダイバーの活躍の場ではあるが、それが地元の漁業や生態系と両立しうることを説得的に示し、ステークホルダー間の合意を形成してゆくには、しばしば漁業者すら知らない「海のなかの状況の見える化」、渋谷さん独自の海の環境データの蓄積が不可欠だった。

そして実際、浮体式洋上風車の実証実験開始から2年以上が経過し、集まる魚種の質量や藻場の健康度など、期待以上の豊かな海中生態系の増進が実証された。海の生態系と自然資本の劣化に悩む日本の多くの漁村と同様、かつて年間70億円ほどの水揚げ量が半分以下の30億円にまで落ち込んでいた地元の水産業にとって、この洋上風力発電プロジェクトは起死回生のものとなりそうだ。

炭素吸収源としてはグリーンカーボン(陸域・森林)以上に大きく、その投資価値が注目されるブルーカーボン(海洋生態系)の面でも大きな展望を拓くことは言うまでもない。すでに国内でもカーボンオフセットの対象として、海洋生態系の自然資本に人間経済の資本が接続し始めている。

エネルギーにおける地域自立と災害レジリエンス増進への期待も大きい。前回の本連載(5)『脱炭素の本質はいのちの安全保障』でも書いたように、「限界コストゼロ」(地場の海風で電気を起こし燃料代はタダに)、かつ相対的にグリッド依存度が低い(送電線が途絶した場合にも自立電源を担保しうる)という点で台風災害などの多い地域特性にも適合している。今後、EV/FCVやHEMSなど多様な蓄電・融通システムとの連動が図られれば、脱炭素化とエネルギー安全保障、災害耐性を三位一体で増進する、全国・全世界に拡げうるスキームとなるだろう。

詳細は渋谷氏の著書『地域や漁業と共存共栄する洋上風力発電づくり〜海の恵みに感謝』(KKロングセラーズ刊)を参照いただくとして、追加的に私が強調しておきたいのは次の3つのポイントだ。

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まず第一に「人工と自然の融合」の実証例としての価値。

「自然支配vs自然保護」という二項対立が基調で、手つかずの自然を守る(残す)ことを主眼とする西欧近代型のエコロジー思想と異なり、水田・里山・里海にみられる日本型の「人工自然」の営みは、人間が手を加えることで治水・保水、微気象の調律を図り、環境容量と生物多様性の増進を実現してきた。東京湾アクアラインや五島列島の洋上風力で実証された海の生物多様性の増進効果は、そうした日本型の自然観――やりかた次第で人間活動(人工)は自然に貢献しうるという考え方、技術思想――の現代的継承ともいえる。

「工」は、天と地をむすぶ人の営みを表す字形だという。人為は必ずしも自然と対立するものではなく、人は天と地を結ぶコーディネーターにもなり得る。人工や工業・工学・工芸といった言葉に本来孕まれていた豊かなニュアンス、その担い手のなかに育まれた自然と生命系へのリスペクト、「自然資本への投資」の感覚(自然から貰うばかりでなくお返ししてゆく営み)を現代的な文脈で再生してゆくことが、「脱炭素」やネガティブエミッション、SDGsといった直近の目標の達成に劣らず重要だと思う。

そもそも私たちは「炭素をどのくらい吸収するか?」という単機能的な尺度を超えた、もっと包括的な自然観をベースに生活(Life Cycle)をデザインしてきたはずだ。その本来を見失ってはならない。

第二に、それは昨今のSDGs的なパートナーシップ論を超える「人間界に閉じないパートナーシップ」――ステークホルダーとしても漁業者や住民のみならず、多様な動植物まで含めたパートナーシップ、インクルーシブ――の可能性を示唆する。

これまでの海洋開発はいくぶん「人間中心的」な視点からのものが多く、それが藻類やサンゴ、魚貝類など海中生態系を担う多様な自然界のステークホルダー(私は“地球のエッセンシャルワーカー”と呼びたい)にどのような恩恵をもたらすか?という観点まではなかった。その意味で、このプロジェクトは現行のサステナビリティ(持続可能性)の概念をさらに進めたクリエイティブな「人類と海洋生態系の共進化」の未来ビジョンをはらむ。

若い世代を中心に関心の高まりを見せる「エシカル消費」(動物の毛皮を使わないファッション、健全に育った動物の肉を選ぶ「動物福祉」、森林保全につながる形で栽培されたコーヒーやカカオを購入する等)とも呼応する動きだ。

SDGsやエシカル消費を一時の流行に終わらせないためにも、その本義・本道を私たちの生活文化感覚の根底に「着床」groundingさせてゆく必要がある。

第三に、近現代の「大陸中心的」な思考(陸からの視点)に対し、海洋国家ならではの「海からの視点」が中心に据えられているという点。これまでの開発は、たとえ沿岸部のウォーターフロント開発であっても、どこか「海に背を向けた」発想ではなかったか?

世界有数の排他的経済水域を有する海洋国家と言いつつ、実態は海と人のあいだに壁を作り(3.11後の防潮堤の増設も残念ながらそういう側面が強い)、東京も特に半世紀前の東京オリンピックを契機に東洋のベニスと謳われた江戸のレガシーを忘却する方向で進んできた。日本橋を覆う高速道路の地下化、水路交通の復活という動きはあれど、まだまだ人々の意識も国土設計のスキームも「海に背を向けた文明」のままではないか?

海に背を向けた文明は、必ず海に大きなしっぺ返しを食う。海の防災、今後の海面上昇への適応には、海との感覚的・心理的なインターフェイスの回復、海の創造的UX(経験)デザインが不可欠だ。これも3.11東日本大震災を契機に、私たちが猛反省をもって学んだことのはずだ。

五島列島という日本の周縁(=「環東シナ海圏」という文脈では中心)から拡がる小さなエネルギー革命の波紋は、だから単に「脱炭素」や「ブルーカーボン」増進にとどまるものではない。

海洋生態系への貢献(SDGs14)、REと災害レジリエンス(SDGs7+11)、地域の産業育成と成長・働きがい(SDGs8+9)など「持続的な開発目標」に多面的に資するとともに、ポストSDGs時代を見据えた「人間界に閉じないパートナーシップ」、自然保護でも自然破壊でもない「人工と自然の統合」「人類と地球の共進化」の未来を暗示する。

そうした先駆例として、エールを送りつつ今後に注目していきたい。

shinichitakemura

竹村 眞一(京都芸術大学教授/オルタナ客員論説委員)

京都芸術大学教授、NPO法人ELP(Earth Literacy Program)代表理事、東京大学大学院・文化人類学博士課程修了。人類学的な視点から環境問題やIT社会を論じつつ、デジタル地球儀「触れる地球」の企画開発など独自の取り組みを進める。著者に『地球の目線』(PHP新書)など

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キーワード: #脱炭素

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