大手189社、炭素税の導入を後押しへ

189社が加盟している日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)は7月28日、菅首相が導入を検討しているカーボンプライシングについて意見書を公開した。二酸化炭素の排出量に応じて企業が金銭的なコストを負担するカーボンプライシングは、環境省と経産省で審議しており、8月中に中間とりまとめを発表する予定だ。意見書では、「2021年内に炭素税の骨格を明確化」「中小企業への負担軽減」「分かりやすい情報発信」などを求めた。(オルタナS編集長=池田 真隆)

JCLPにはリコーや富士通、イオンなど脱炭素社会を目指す大手企業189社が加盟している。加盟企業の売上高を合計すると国内企業の売上高の2割に相当する。

事業活動に使うエネルギーをすべて再生可能エネルギーに切り替えることを宣言した企業が入るイニシアチブ「RE100」には国内企業58社が加盟しているが、そのうちの6割がJCLPの会員企業だ。

今回、JCLPが公開した意見書では、カーボンプライシングの中で、「炭素税」と「排出量取引」について意見を述べている。

JCLPの石田建一顧問は、2020年の自然災害による経済損失は30兆円に達したというデータを持ち出し、「地球温暖化は社会的コストを発生させている」と強調した。さらに、「再エネ調達の遅れは、サプライチェーンの選定にも影響を及ぼす。国際競争力と企業価値を下げることになるので、再エネ調達は喫緊の課題である」とした。

菅首相は2030年までにCO2削減量46%(2013年度比)を目指すが、「非化石証書など排出量を削減する企業の自主規制では達成できない」と石田氏は指摘する。年内に炭素税の制度を明確にすること、中小企業への負担を軽減する仕組みづくり、国民にわかりやすい情報発信――の3点を求めた。

JCLPが公開した意見書は下記の通り。

      炭素税及び排出量取引の制度設計推進に向けた意見書

炭素税及び排出量取引の制度設計の議論推進とカーボンプライシングの目的・効果に関するわかりやすく幅広い情報発信を求めます

現在、政府においてカーボンプライシングに関する検討が行われています。日本気候リーダーズ・パートナーシップ(以下、JCLP)は、気候危機の回避には効果的なカーボンプライシング制度が重要だと考えており、議論の前進に貢献すべく、以下のとおり意見を表明します。

背景:
1. 1.5℃目標を達成し、人々の生活や企業活動に不可欠な社会基盤を守る必要があります。

気温上昇に伴う異常気象・激甚災害の増加は、既に人々の暮らしを脅かし、経済に大きな打撃を与えています。このまま気温上昇が続けば、インフラ、金融システム、公衆衛生といった社会基盤が揺るぎ、経済成長が阻害されてしまいます。よって、パリ協定の1.5℃目標を達成し、気候変動へ歯止めをかけ、人々の生活や企業活動に不可欠な社会基盤を守る必要があります。

2. 1.5℃目標の達成には2030年温室効果ガス排出削減目標の達成が重要です。このため、社会全体で排出削減に向けて迅速に行動の変化を起こす必要があります。

過去からの温室効果ガスの累積排出量に応じて気温が上昇することから、1.5℃目標の達成には、2030年までに大幅な温室効果ガス排出削減が必要とされており、菅総理も「2030年までに2013年度比46%削減、50%の高みを目指す」と宣言されました。残された時間の中で社会全体が一丸となって排出削減に取り組まなければ、2030年に間に合いません。

3. 排出削減を効率的に進め、社会全体の削減コストを最小化することも重要です。

国の財政の悪化と将来世代の負担増大を防ぐため、できるだけ排出削減を効率的に進め、社会全体の削減コストを最小化する必要があります。

4. 社会全体の「行動の変化」と「削減コストの最小化」のためには、炭素税や排出量取引といった炭素排出量に比例した明示的カーボンプライシングが有効です。

炭素税や排出量取引は、炭素排出量に比例して負担する金額が決まるため、明示的カーボンプライシングと呼ばれ、下記の効果が期待できます。

• 炭素排出量の多い製品やサービスの価格競争力は低下し、少ないものは価格競争力が向上します。より排出量の少ない製品・サービスを提供するインセンティブが働き、そうした製品・サービスが普及することで排出削減につながります。

• 炭素を排出するコストが明確になり、排出を削減するコストとの比較が容易になります。排出よりも低コストの排出削減手段があれば、そちらを選択するインセンティブが働き、同時に、数多ある排出削減手段の中から、より費用対効果が高いものが実施されていきます。これにより、社会全体の削減コストの最小化につながります。

5. クレジット取引やインターナルカーボンプライシングのみで社会全体の「行動の変化」と「削減コストの最小化」を実現するのは困難です。

前述のとおり、炭素排出は気候変動を悪化させ、様々な損失を社会にもたらします。「社会全体の行動の変化」を実現するには、この損失に見合ったコストを、排出者が排出量に応じて負担する公平な仕組みが必要です。

クレジット取引等の自主的な取り組みは、積極的に排出削減努力を行う一部の企業が、任意に追加コストを負担して実施するものです。有益な取り組みではありますが、これのみでは排出にはコストが伴うという認知は十分に広まらず、公平性の担保はできません。また、クレジット取引は、炭素を排出するコストと排出を削減するコストの比較が容易ではないことから、「社会全体の削減コストの最小化」は難しくなります。

6. 適切な炭素税・排出量取引の導入は経済成長につながります。

前述の菅総理の宣言により、人、モノ、資金は脱炭素化に向かって動き始めました。次々と生まれている脱炭素製品・サービスの市場化・量産化を支援するために、価格競争力を向上する炭素税・排出量取引の導入を含めた環境整備が必要です。

これら明示的カーボンプライシングの導入によって、排出量の少ない製品・サービスの価格競争力が継続的に向上していく市場であることを示すことができ、企業は積極的な研究開発や設備投資が可能となり、国内外のグリーン投資を呼び込むことにつながります45。その結果、より経済的で利便性の高い製品・サービスが生まれ、さらにその需要が拡大するという好循環が期待できます。また、環境省の審議会等においても、炭素税・排出量取引は、適切な制度設計によって成長に資するものとなることが示されています67。 ,,

7. 導入の遅れは、日本企業の国際競争力や日本の産業立地競争力を低下させる可能性があります。

脱炭素化を目指してグローバルにサプライチェーンの取引先を選別する動きが加速し、企業の脱炭素の取り組みに対する機関投資家、株主、顧客、社員といったステークホルダーの関心も高まっています。取り組みの遅れが、企業価値にも影響を与えるようになってきています。

特に、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の調達は喫緊の課題です。世界各地で次々と再エネの大量導入が進み、最も安い電源となっています。炭素税や排出量取引の導入によって再エネの普及を加速させなければ、日本企業の国際競争力や日本の産業立地競争力が阻害されかねません。 ,

さらに、他国が次々と炭素税や排出量取引、炭素国境調整措置の導入を検討しています。国際的に通用する水準の明示的カーボンプライシングの導入により、日本の輸出品が課税対象となるリスクを回避する必要があります。

意見:
炭素税及び排出量取引の制度設計や導入時期について、議論の推進を求めます。炭素税については、年内に制度の骨格が明らかになるよう、関係各省が連携をして議論を進めることを求めます。

前述の背景を踏まえると、炭素税及び排出量取引の導入検討は急務です。制度設計や導入時期に関するより具体的な議論の推進を求めます。炭素税については、制度設計が複雑な排出量取引に先行し、年内に制度の骨格が明らかになるよう、関係各省が連携して議論を進めることを求めます。

• 中小企業や低所得者層に対する負担を「いかに制度設計をもって防ぐか」という視点を持って、「公正な移行」に向けた議論を進めることを求めます。

炭素税や排出量取引の導入においては、中小企業や低所得者層といった方々の負担を防ぎ「公正な移行」を実現する必要があります。この方法として、炭素税の税収を活用する、カーボンプライシング以外の制度とのポリシーミックスによってより効率的な運用をするなど、複数提案がなされています1415。議論自体を恐れるのではなく、「いかに制度設計を持って負担を防ぐか」、「公正な移行に資する制度設計とはどういったものか」という視点を持って、前向きな議論を求めます。 ,

• カーボンプライシングの目的や効果に関して、わかりやすく幅広い情報発信を求めます。

社会全体に影響を及ぼす制度であるからこそ、その目的や効果が正しく伝わる情報発信が重要と考えます。JCLPも、導入意義が広く認知されるよう情報発信に尽力して参ります。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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