「青い柔道着」と「ルール形成」と「脱炭素」の話

東京五輪は連日の猛暑とコロナ感染症急増のなか、多くの競技が繰り広げられています。ところが、個別の競技を見ていると、いつのまにかルールが変わっていて驚くことがあります。今日はそんな「ルール形成」について考えてみました。(オルタナ編集長・森 摂)

日本勢が好調の柔道では、今回の東京五輪から「一本」と「技あり」だけになりました。2008年に「効果」が廃止され、リオ五輪後に「有効」が無くなったのです。

小さなポイントを稼いで逃げ切るようなスタイルよりも、はっきりと勝敗を決めようという理由だそうです。

卓球では、新型コロナ禍を受けて、急遽、「テーブルに触ることやボールを吹くことを禁止する」ルールが加わりました。感染防止が目的ですが、これが意外に選手のメンタル面に影響したそうです。

国際スポーツの世界では、このような細かいルール変更は、頻繁に起きています。バレーボールも1999年までは「15点制」であり、現在のような「ラリーポイント制」ではなく、サーブ権があるチームだけ得点できたのです。

日本が不利になるようなルール変更もありました。有名なのはスキーのジャンプ競技です。それまで「身長+80cm以内」としていたスキー板の長さが、長野五輪から「身長の146%以内」に変更され、小柄な選手が多い日本人に不利になったと言われています。

柔道着の色も、30年ほど前までは白だけでした。初めて「青」の柔道着が国際大会に登場したのは1988年の「ヨーロッパ柔道選手権大会」とされています。

日本側は、伝統や文化の観点から「白」を強く主張しましたが、結局は国際柔道連盟によって、カラー柔道着が認められました。つまり、柔道発祥の地である日本の主張が通らなかったのです。

このように国際競技では、頻繁にルールが変更されます。これに対して、大相撲や高校野球など、日本の伝統スポーツはルール変更が少ないようです。

日本では「一度決めたルールは変えない」「ぶれない」ことが美徳であるように映ります。

ビジネスの世界にも、国際ルールがあります。中でも、最近の「脱炭素」「カーボンニュートラル」を巡る動きは急です。

2015年の「パリ協定」(COP21=第21回気候変動枠組条約締約国会議)で「21世紀後半には、地球の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5~2℃に抑える」ことが明示されて以来、さまざまなルールが生まれました。

パリ協定は法的強制力がある国際条約です。これだけでなく、NGO(非政府組織)がリーダーシップを取った「SBT」(サイエンスト・ベースト・ターゲット=科学的根拠に基づいた温室効果ガスの目標設定枠組み)やCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)などが生まれました。

これらは、法的強制力や法的制裁がない、いわゆる「ソフトロー」です。従わなくても罰せられることはありません。しかし、最近のESG(環境・社会・ガバナンス)投資を考慮すると、日本企業も対応せざるを得なくなりました。

特にSBTはこのほど、それまでの「2℃を十分に下回る」目標設定から、2022年7月の申請分から、「1.5℃」に引き上げる方針を発表しました。

たった0.5℃の違いのように見えますが、実際の温室効果ガス削減量は大きく変わります。

これまで日本企業は、総じて「国際ルールがあるなら従う」という姿勢が多く見られました。もちろん、それは誠実な姿勢ではありますが、それだけでは国際競争に勝ち抜くことはできません。

経済産業省もこの点を重視しており、国際交渉やロビー活動におけるプレゼンスの強化を目指しています。ただ、「脱炭素」の分野では、特に欧州がリーダーシップを発揮しており、なかなか食い込めていません。

(以下、経産省の資料を引用)

・ グローバルビジネス市場では、「ルール形成競争」が盛んに行われています。

・ ビジネス市場におけるルールは、国際ルールあるいは各国政府によって決められていますが、ルール次第で競争条件は大きく影響を受け、自社ビジネスの市場展開において有利にも不利にも作用する可能性があります。

・ ルールは、企業が適応すべき所与のものと考えられがちですが、企業自身や自国政府による外国政府への働きかけによって、変更しうるもの、すなわち自ら形成しうるものとして捉えることも可能であり、ビジネス活動が複雑化・多様化する中、官民協働してより適切なルール環境を作り上げていくとの視点が求められています。(引用終わり)

脱炭素においては、欧州委員会、欧州各国の政府や自治体や企業、NGO/NPOが広く連携して「グリーン・リカバリー」戦略が打ち出されました。

NGOは国連にプレッシャーを掛けるとともに、企業とも連携して脱炭素の国際枠組みをつくる「ウィー・ミーン・ビジネス(We Mean Business)」という企業/NGO/NPOのネットワークも生まれました。(詳しくはオルタナ53号(2018年6月号)第一特集「企業とNGOのパワーバランス」をご覧ください) 

リンク https://www.alterna.co.jp/wp-content/uploads/2020/04/53.pdf

世界の急速なEV化は、日本の完成車/部品メーカーの競争力を奪い、大量の失業者を出す可能性も指摘されています。それを食い止めるためには、日本企業にとっても理に適う国際ルールの形成が不可欠です。

自動車評論家の清水和夫氏は「日本にもタフ・ネゴシエーター(しぶとい交渉者)が必要だ。そして、ネゴシエーターには武器を持たせなければならない。それは、エビデンス(科学的な裏付け)だ」と指摘しています。

オルタナ次号(2021年9月末発売予定)の第一特集は「2035年のクルマ」(清水和夫・責任編集)と題して、日本の自動車産業の未来に迫ります。ご期待ください。

森 摂(オルタナ編集長)

森 摂(オルタナ編集長)

株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長 武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。大阪星光学院高校、東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員、一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。

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