ちっちゃい駐車場、ありがとう

「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(56)

 真知バアは病院のベッドに横たわり、顔には白い布がかけられていた。私は雨の滴を背に咲く窓際のピンクのガーベラを見ていた。
「真知子お義母様が遺言のお手紙を遺してくださったの」と母から封筒を渡された。代襲相続で孫の私たち3人に駐車場を遺すことが記されてあった。
 私は当時小学3年生で、その意味がよくわからなかった。
「僕、車になんて乗らないのに」と答えると、母がクスッと笑った。「馬鹿ね、貸し駐車場よ。お金を稼いでくれるの」。
 父が雪山で早くに亡くなり、母は女手ひとつで私と二人の妹を育てた。真知バアはお金に厳しく、孫たちは半分冗談でケチばあと呼んでいたが、車3台分の小さな遺産がどれだけ経済的に助けになったことか。
 真知バアは当時としては珍しい銀行勤めで、独特の経済的嗅覚を持っていたらしい。定年間近でおじちゃんを失った時、老後の不安が頭をよぎったようだ。当然だろう。頼りの一人息子である私の父を失っている。
 その時、目をつけたのが自宅の隅の狭い土地だった。祖父が車庫として使っていた道路わきの13坪。この場所を駐車場にして貸せないかと考えたのである。夫は道路と平行にゆったり車を止めていたが、直角に入れるようにすれば、ギリギリ3台分は取れる。
 3人の孫に小さな駐車場を3つ。おばちゃんがそう考えたのには理由がある。目黒の繁華街に近いという地の利がある。目の前のビルには撮影スタジオやレストランが入居しているが、駐車場がなくて困っていると聞く。
 真知バアがそのビルの前を通ると、高齢の守衛が敬礼の形をとって挨拶する。
「おばあちゃん、昨日は夜電気が消えていたね。お出かけ?」
 番犬みたいに家の様子を見てくれている。これなら、ロック板を乗り越える無銭駐車も監視してくれるだろう。

hiro-alt

希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

執筆記事一覧
キーワード:

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..