脱炭素に向き合い、国際目標「SBT」にも復帰

■日産自動車 田川丈二・専務執行役員CSOインタビュー■

世界の自動車メーカーが一斉に「EV」化に進む中で、国産勢も「脱炭素」に向けて大きく舵を切った。日産自動車は世界的な脱炭素の枠組み「SBT」にも復帰し、カーボンニュートラルに向けてさまざまな施策を打つ。田川丈二・専務執行役員CSO(チーフサステナビリティオフィサー)はESG施策において、「ゴーン事件以降の当社ガバナンスは大きく変わった」とも強調した。(聞き手はオルタナ編集長・森 摂、写真はオルタナ編集部・山口 勉)

7月30日付けで「SBT」の目標プロセスに復帰

――国際的な脱炭素目標の枠組み「SBT」(サイエンスト・ベースト・ターゲット)からは一時、離脱しましたね。

SBT(※1)については、弊社にはもともと長期目標はあったのですが、「中期的なマイルストーンがない」として一度外されました。「こんなことではいけない」と、今年から会社としても取り組み直しました。目標を再提出して、SBTから7月30日付けで認定をもらいました。

※1:「SBT」(サイエンスト・ベースト・ターゲット): 「サイエンス・ベースト・ターゲット」とは、「科学に基づいた目標」という意味。SBTを運営するNGOのSBTイニシアティブ(SBTi)は、産業革命以前から世界の気温上昇を1.5℃に抑えるために、企業にパリ協定に整合し、科学的知見に基づいた温室効果ガス排出削減目標の設定を求めている。

今回、SBTとのやり取りでは、「スコープ1・2」だけでなく「スコープ3」(※2)のことも含め、具体的な「%」単位の中期目標を作ったことを認めてもらいました。

※2:スコープ1/スコープ2/スコープ3: 原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、事業者自らだけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した温室効果ガス排出量のこと。内訳として
スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
スコープ2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
スコープ3 : スコープ1、スコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)と分かれている

会社としても、今年1月に「ニッサングリーン・プログラム(NGP)2022」を打ち出し、「2050年カーボンニュートラル」「2030年代早期に日欧米中の主要4地域で、電動車100%」などの目標を掲げました。

――日本車メーカーは途上国でのシェアが多いので、「スコープ3」が不利だとされます。どう乗り越えたのでしょうか。

田川丈二・専務執行役員CSO(チーフサステナビリティオフィサー)

日米欧中の主要4市場で電動化100%することを前提に評価をし、目標を提出しました。4市場で販売台数全体の約7割をカバーし、残りの3割がおおむね途上国です。東南アジアなど途上国でもEVやEパワーなどの技術を投入しますが、2030年代の早いうちに100%と言えるところまでは詰まっておらず、1月の発表段階では主要4地域としました。

――2026年には現在の「2℃を十分に下回る」から「1.5℃」(※3)という、もう一段厳しい目標をSBTiに提出しなければなりませんね。

そもそも、日産は何のために脱炭素に取り組むのか。外部から言われたからではなく、気候変動とそれの人への影響を和らげるために自ら取り組むのが、あるべき姿です「1.5℃」が必要なら、やらざるを得ないし、できると思っています。

※3:「2℃を十分に下回る」(WB2℃)と「1.5℃」:SBTが定める温室効果ガスの削減目標の基準。SBT発足時は、産業革命以前から世界の気温上昇を「2℃」に抑える目標を要請していたが、現在は「2℃を十分に下回る」が最低水準で、2022年7月以降の申請は「1.5℃」目標に引き上げる

「脱炭素」宣言で、自動車業界は創業以来の変革期に

――菅首相が2020年10月に「脱炭素」宣言し、自動車業界はどの会社も創業以来の変革を迫られています。

当社の強みは、2010年の初代「リーフ」以来、10年以上に渡るEVの販売実績があること、日産のEVバッテリーは、世界のどのメーカーよりも多くリサイクルされていることです。EVとバッテリーを通じた循環型社会に向けて最も精力的に取り組めるのは当社で、ノウハウもあります。

EVは走行中の「ゼロエミッション」だけでなく、バッテリーのリサイクルやリセール(再販売)も重要です。バッテリー製造段階でCO2を多く排出する課題にも取り組んでいます。

バッテリーの収益やコストに関しては、これまでの蓄積があり、競争優位性を保てるはずです。菅首相が、これは規制ではなく「グリーン成長戦略」と言っていますが、日産もこれを「成長の機会」や「ブランド価値向上」のチャンスととらえています。

――バッテリーの回収やリサイクルについては、具体的にどう進めていきますか。

フォーアールエナジー社でバッテリーリサイクル、リセールに取り組んでいますが、もともと住友商事がパートナーです。海外の事業には海外のパートナーがいます。

回収やリサイクルだけでなく、バッテリーを蓄電池としても活用しています。例えば英国のサンダーランド工場(※4)ではソーラーパネルや風力から蓄電しており、私の家には「リーフ トゥ ホーム」といって、リーフに蓄えた電力を家庭に供給しています。これも我々で全部やるのではなく、ノウハウのあるパートナーと組んでいます。

※4:英サンダーランド工場: ゼロエミッションを目指す日産の英国工場。クロスオーバーEVや大規模バッテリー生産を始める予定だ

「ガソリン税が無くなったら、EVや電気に課税」では困る

――欧州の国境炭素税(国境炭素措置)についてはどう見ていますか。

こうした措置は、ともすれば、国際間の不協和音を招くことにもなりかねません。最終的に世界の全ての国がカーボンニュートラルに向かっていけるよう、税制も国をまたぐ仕組みができるよう希望します。

私はサステナビリティ担当だけでなく、渉外も担当しています。日本政府には、日本の技術を生かして、それが気候変動にも寄与するよう、国内の税制や海外との交渉を進めて頂くようお願いしています。

――炭素税と自動車税をこれからどうするのかも重要な論点です。

「ガソリン税が無くなったら、EVや電気に課税しよう」では本当に困ります。ユーザーが気候変動を理解し、EVを買おうという気持ちになっている時に、それが障壁になるようではいけません。企業が投資しよう、あるいは消費者が気候変動に貢献しようという時に、それを妨げるような税制や、仕組みであってはならないと思います。

――充電するエネルギーも石油由来か、再エネ由来かで温室効果ガスの排出も大きく変わります。

当社は電力会社ではないので限界はありますが、自動車メーカーにもできることはあります。英サンダーランド工場のような使用電力の再エネ化や、「VtoX」(自動車からの給電、※5)、バッテリーの高度活用や日中夜間電力の利用などです。「リーフtoホーム」なら深夜電力で充電し、その電気を昼間に使うことができるのです。これは大幅なピークカット(電力需要最大時の電力使用を抑えること)にも役立ちます。

※5:VtoX: V(Vehicle)からX(何か)を表し、蓄電機能を持つ自動車と、住宅やビルなどの間で電力のやりとりを行う技術やシステムの総称。VtoH(Home)、VtoB(Building)などがある

――本田技研工業の「2040年にエンジン車生産終了」宣言を聞いて、どう感じましたか。

三部敏宏社長にはお目にかかってお話を伺ったこともありますが、同じ目標に向かっていると思いました。いつ何を止める、いつEV比率をどうするではなく、気候変動に取り組む思いは同じです。三部さんは、社内に大きな変革を与えたいのだと感じました。

当社の内田誠社長が「ESG」(環境・社会・ガバナンス)を経営の中核におこうとしてるのも、同じ思いです。ESGが企業にとって生き残りと競争力の源泉になると彼は考えています。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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