【連載】アニマルウェルフェアのリスクとチャンス(10)
エビなどの甲殻類は他の動物と同じように痛みを感じる能力を持っている。2005年には、欧州食品安全機関(EFSA)から委託された科学者が十脚甲殻類(エビ、カニ、ロブスター、ザリガニなど)は痛みを感じる可能性があるため、それに応じて福祉を管理する必要があると結論付けた。スイスでは、ロブスターを生きたまま熱湯に入れることを禁じる法律ができた。(認定NPO法人アニマルライツセンター代表理事=岡田 千尋)
甲殻類は、私たちが痛みを感じるのと同じように、苦痛を感じる証拠と考えられる数々の行動をとる。特徴的なのは、痛みや毒が全身に回ることを避けるために行われる自切行動だ。
とかげのしっぽ切りと同じ原理であり、捕獲から逃れるためとともに、痛みに反応して損傷した部分を切り捨てる。生きたまま熱湯に入れられたり、鉄板にのせられたりしたら、自切して逃げようとするのだ。
苦痛を感じることが証明されると、先進国ではその福祉を守るための法整備ができていく。
スイスでは、ロブスターが生きたまま熱湯に入れることを禁じる法律ができた。
イタリアでは、生きている甲殻類を氷の上に置いていたレストランオーナーに罰金刑を科した。オーストラリアでは、ロブスターの下半身を生きたまま切断し解体していたレストランが有罪判決を受けた。
私たちと同じように社会性もある。エビがひっくり返って動けなくなると、仲間が救助に駆けつけ、姿勢を立て直してあげる行動が観察されている。
つまり、エビをむやみに傷つけたり、痛みを与えたり、過密な飼育をしたり、苦痛を与える方法で殺したりすることは、非人道的行為であり、現状のエビたちが受けるひどい慣行をなくしていかなくてはならないということなのだ。
■繁殖エビが目を切り取られている
日本は世界で4番目にエビを輸入している国だ。日本のような巨大市場の需要に合わせて、世界のエビ養殖は発展してきた。できるだけ早く、多く、エビを出荷させる、そのために行われている残酷な慣行の一つが、繁殖用のメスのエビの眼を生きたまま切除するというものだ。
エビの眼柄には生殖腺抑制ホルモン(GIH)があり、これを根こそぎ取り除くことで卵巣の成熟が促されると考えられており、眼を熱したハサミで切り取ったり、かみそりの刃で目を切り開いたりして指で眼柄を絞り出すなどの方法で、眼が切除される。
エビは眼を切り取られるときにうろたえ、尾を叩き、外傷を受けた領域をこするなどの痛みから逃げるための行動をとる。
飼育下では、エビの卵巣は卵巣成熟に達しにくく、繁殖が難しい。本来、自然界でのメスのエビは、環境要因が整ったと本能で判断し、繁殖に至る。だが養殖場では、過剰な数のエビがいる中で、飼育密度も非常に高く、 病気も増える。メスのエビの本能は繁殖ができるとは判断できない。
つまり、エビの目の切除は、劣悪で不自然な環境の中で、メスのエビの感覚を狂わせることで無理やり繁殖させるために考え出された方法なのだ。
環境に適応できない動物の体の一部を切り取ることで、帳尻を合わせようとする方法は工場畜産でよく見られる方法だ。豚の尾の切断や鶏のくちばしの切断と同じだ。
■眼の切除から離れる動き
残念ながら、エコな養殖認証として知られるASCや、エコシュリンプや、MELなどの認証でもこの眼の切除を禁止していない。だが、海外のBest Aquaculture Practicesや、EUの有機認証などは眼の切除を規制している。
飼育環境をコントロールすることや、バイオテクノロジー技術を用いて、エビの眼を切除しない方法を採用し始めているアメリカやタイの企業も出てきている。方法はあるのだ。
この眼の切除をやめることは、アニマルウェルフェアが向上するだけでなく、切除されていないメスの子孫の方が様々な病気に対して抵抗力が強いこともわかっている。それはつまり、抗生物質などの薬剤の投与量の削減を意味しており、薬剤耐性菌が人々の命を脅かすこれからの時代に置いてはまさに”命取り”な課題でもある。
一般調査会社を使って意識調査をしたところ、日本に住む人の76.2%は、エビが痛みを感じないという誤った認識をもっている。しかし、55%の人が、眼の切除をする養殖エビを避けたいと回答している。
消費者は眼を切除している養殖エビの消費から今すぐ離れ、企業は代替手段への移行を急ぐことが望まれる。また、近年では、植物性のエビも販売され始めていることも付け加えておきたい。