持続可能性にも「真実の瞬間」がある

■スタニスラブ・ベセラ P&Gジャパン社長■

世界最大級の消費財メーカーP&Gは、サプライチェーン全体で「2040年までに温室効果ガス排出量ネットゼロ」と、他社より10年早い野心的な目標を掲げた。社内外でのイクオリティ(平等)の推進にも積極的だ。日本法人のスタニスラブ・ベセラ社長はサステナビリティ(持続可能性)をどうとらえるのか。(聞き手・森 摂=オルタナ編集長、吉田 広子=副編集長)

スタニスラブ・ベセラ P&Gジャパン社長。1969年、チェコ共和国・リマロフ生まれ。91年P&Gグループ営業本部入社 (チェコ共和国)。ナイジェリアや南アフリカ共和国でジェネラルマネージャーやヴァイスプレジデントを経て、2015年9月にプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(現P&Gジャパン)社長就任、現在に至る。

製造・販売から製品使用後まで

――15年前にP&Gを取材した時に、SK-II(エスケーツー)のブランドマネージャーから「真実の瞬間:モーメント・オブ・トゥルース」(MOT)という言葉を聞きました。「顧客が企業の価値を感じる決定的瞬間」という意味ですが、サステナビリティにもMOTはありますか。

面白い質問ですね。私は、「MOT」はいくつもあると思っています。

ブランドがサステナビリティに貢献しているかどうかを気にする消費者が増えています。材料やパッケージだけではなく、購入後の使用方法、リサイクルや廃棄方法についてもサステナブルな対応を顧客は求めています。その商品を使用することで、水やエネルギーを節約できるかにも関心があります。

最初のMOTは、消費者が商品を見て、購入するかどうかの時点です。2番目は、商品を使う時点ですが、購入後以降は商品のサステナビリティを問われ、MOTの連続といえるでしょう。

さらに「ゼロの真実の瞬間」(ゼロ・モーメント・オブ・トゥルース、ZMOT) というデジタルマーケティングでよく使われる言葉もあります。検索エンジンの結果や、オンライン上の口コミなどを指します。

購入前の「ゼロ」時点、1番目のFMOT(ファーストMOT、購入時点)、2番目のSMOT(セカンドMOT、使用時点)、そして3番目は使用後(ポストユース)の時点――と複雑ですが、サステナビリティは、すべての時点で問われます。サステナビリティの複雑な要求に応えようとする商品こそが勝ち残るのです。

ですから、例えばパッケージやプラスチックといった1つの側面だけではなく、原料から生産工程、輸送、使用時、使用後まで、すべての局面がサステナビリティと密接に関係しています。

2040年までにGHG実質ゼロへ

――2030年までのサステナビリティ目標を定めた「AMBITION(アンビション)2030」では、野心的な目標を掲げましたね。

2018年4月に発表した「AMBITION2030」では、「2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量50%削減」を目標にしました。しかし、2021年9月にこの目標をアップグレードし、「サプライチェーン全体で2040年までにネットゼロ」に変えました。原材料から製造、物流、小売り、消費段階まで含めた全体的な取り組みです。

つまり、商品が生産された時点から商品が使用されるまでの工程でGHG排出をゼロにするということです。こうした流れをP&Gがリードしていることを誇りに思います。

――P&Gはなぜトップランナーを目指し、これほど熱心に取り組むのでしょうか。

まず、グローバルな製造者責任があります。また、消費者の要求やトレンドに応えるためでもあります。

近年、サステナブルなソリューションを提供する企業の製品を選ぶ方向に消費者がシフトしていることが分かってきました。サステナビリティは企業の責任にとどまらず、「企業戦略」なのです。サステナブルなビジネスとして成長し、生き残るための唯一の方法になりつつあります。

業界をリードしていくためには、ブランド価値の優位性を高めていくことはもちろんですが、企業として持続可能な価値を高めていくことも重要です。

消費者に最高の商品と商品の使用体験を届けるのは当然です。それだけではなく、サステナビリティや環境においてもリードしたいのです。

日本におけるP&Gのスローガンは、「未来を率いる:リード・ザ・フューチャー」です。自らがトップランナーになるべきなのです。

――多くの企業は、2050年までにカーボン・ゼロを目指しています。P&Gの掲げる2040年とは10年の差があります。目標の達成は簡単ではないと思いますが、どのように実現していきますか。

この野心的な目標はP&G本社の経営陣が設定しましたが、その目標を達成するために、いつまでに何が必要なのか、明確にすることが私たちの任務です。もちろん、目標達成は容易ではなく、サプライヤーやパートナー、小売業者の皆さんの理解と協力も必要です。

まだ模索している部分もありますが、目標達成のための重点課題(要素)は把握しています。

使用済プラ回収し、東京大会の表彰台に

――欧州や米国、アジアや日本での消費行動の違いはありますか。

消費者がサステナブルな選択をし始めているということに違いはありませんが、レベルに差があるかもしれません。欧州の消費者は、サステナブルなソリューションについてよく理解しており、韓国や日本は少し遅れています。他の国はもっと遅れています。

しかし、程度の差こそあれ、消費者がサステナブルな選択をするという傾向はどの国でも増加傾向にあります。日本でも、5年前に比べるとずいぶん進展しています。

それは、P&Gのサステナビリティ・プログラムに対する消費者の反応からも見て取れます。

P&Gは、使用済みプラスチック容器を消費者から回収し、東京2020オリンピック・パラリンピックの表彰台に再生利用しました。多くの消費者がこの呼びかけに応え、購入店舗にプラスチックの廃棄物を持って来てくれたことは驚きでした。

約9カ月で24.5トンを回収し、表彰台全98台の製作に必要な回収量を集めることができました。

使用済みプラスチック容器を消費者から回収し、東京2020大会の表彰台に再生利用した
使用済みプラスチック容器を消費者から回収し、東京2020大会の表彰台に再生利用した

――10年前は、森林が火事になったり、北極で氷河が解けたりすることを、誰も想像しませんでした。社会や人々の意識も急に変化しています。ブランドも変化を求められています。

ブランドは、確かに著しく変化しています。そして、消費者がそのブランドの形成に積極的に参加するようになりました。つまり、ブランドが独自に作られるのではなく、デジタル社会のなかでインフルエンサーの影響力が強くなってきており、ブランド形成に影響を与えています。

ブランドが消費者トレンドにより速く、対応するようになりました。環境、サステナビリティに間違いなく寄与している事実です。そして環境だけではなく、ダイバーシティ(多様性)やLGBTQなどに関する意識も社会に変革をもたらしています。

多様性から「平等」へ、社会を社内に反映

――日本では一般的に「ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂)」という言葉が使われます。ところがP&Gでは「イクオリティ(平等)&インクルージョン」を掲げています。どう違うのでしょうか。

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吉田 広子(オルタナ副編集長)

大学卒業後、米国オレゴン大学に1年間留学(ジャーナリズム)。日本に帰国後の2007年10月、株式会社オルタナ入社。2011年~副編集長。執筆記事一覧

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