【連載】オルタナティブな空間

佐賀県の嬉野温泉にある老舗旅館「和多屋別荘」の中に小さな書店を設定した。お茶と読書を愉しむための書店で、民設民営の図書館のような場所ともいえる。OpenAにて設計を担当した本プロジェクト。この場所はなぜ、どのようにして生まれたのだろうか。

旅館の中の図書館のような書店「三服」。地域にも開放している

「和多屋別荘」は敷地の中に嬉野川という二級河川が流れる、総面積2万坪を有する大旅館。タワー棟は黒川紀章が設計し、まさに昭和の時代、団体旅行客を相手に施設の中で何もかもが完結する囲い込み型旅館の典型だった。

日本の数多くの大型旅館がそうであったように、旅行のスタイルが個人化するなか、「和多屋別荘」もその巨大さゆえに変化への対応に苦慮していた。

2014年、若干36歳でこの旅館を継いだ第3代当主の小原嘉元さんは、その閉じた旅館を街に対し、そして機能そのものを開放する方向に舵を切った。

まず行ったのは、客室をオフィスとして賃貸すること。旅館という特性上、おのずと温泉とルームサービスが付いてくる。ありそうでなかったこの最高のファシリティーに対し、最初は立地が自由なIT系企業が入居し、話題になった頃にコロナ禍がやってきた。マーケットはリモートワークを追い風に拡大し、今では5社以上の企業がオフィスを構えるまでになっている。

不確実な経済状況の中、乱高下する稼働率に左右されない賃貸、フローとストックの組み合わせによるビジネスモデルを転換する試みだ。それは旅館を新しいマーケットに対して開いていく実験でもある。

その次の動きが、旅館の中に図書館のような書店を設置したこと。

一般的に現在の旅館には、宿泊者以外は訪れにくい空気がある。立ち寄り湯はあるものの、目的は温泉だけで滞在時間は短いし、休憩以外にやることもなく持て余してしまう。そこで発想されたのが新しいタイプの書店。宿泊客以外の人々も、そして街の人も訪れることができる新たな目的。それが本を愉しむ時間と空間だ。

ふらっと立ち寄りたくなる、図書館のような店内

旅館と本は相性が良いと思う。日常から少し距離をとり、ぼんやりと抽象的な時間が流れる。気持ちが油断しているからこそ、いつもとはちょっと違う本と出会う。