予測困難な時代だからこそ、人的資本経営を(前)

【連載】サステナビリティ経営戦略(20)

気候危機に伴う脱炭素社会への移行、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展、有形資産から無形資産への価値源泉のシフト、安全保障を巡る地政学リスクの高まりなど、企業を取り巻く経営環境や国際情勢は激しく変化しています、経営者には従来にも増して高度で複雑な舵取りが求められています。(サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)

「人」への投資の重要性の高まり

今世界は予測困難な時代を迎えています。そのような時代においても(だからこそ)、企業は揺るぎないパーパス(社会的存在意義)の下、社会価値と経済価値を持続的に創出し続け、人類社会の幸福と発展に貢献し続ける必要があります。

その原動力は常に「人」であり、「人」への投資の重要性、「人」を根幹とする人的資本経営の重要性が益々高まっています。

人的資本とは人間が持つ知識やスキルなどを資本と見做したものです。教育や訓練などで蓄積され、生産性向上やイノベーション創出に繋がります。優秀な人材の確保・育成が企業の競争力を大きく左右するようになってきており、投資家も人的資本に注目しています。

政府が人的資本の開示指針を今夏にも策定

岸田内閣が提唱する「新しい資本主義」においても、その最大の特徴は「人」への投資を強調している点にあります。

2月1日、内閣官房の新しい資本主義実現本部に設置された「非財務情報可視化研究会」の第1回会合が開催されました(第2回会合は3月7日開催)。

本研究会の事務局資料では、岸田総理による「私が目指す『新しい資本主義』のグランドデザイン」と題する寄稿(文藝春秋令和4年2月号)の抜粋が掲載されています。この中で岸田総理は、以下のように述べています(要約)。

・「人」に価値があるならば、それを企業会計の枠組みの中で可視化することで、人的資本の蓄積が進むことになる。 非財務情報について金融商品取引法上の有価証券報告書の開示充実に向けた検討をお願いする。

・法的な枠組みの整備だけでなく、個々の企業が自分の判断で開示する場合も含めて、人的資本の価値を評価する方法についても今夏には参考指針をまとめていただきたい。

岸田総理は、1月の施政方針演説でも「人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤であるという点について、株主と共通の理解を作っていくため、今年中に非財務情報の開示ルールを策定する」と述べており、新しい資本主義の基盤を成す「人」への投資の可視化に向けたルール・指針の策定に対する強い決意が感じられます。

人的資本の情報開示を巡る国際的な動向

機関投資家等の要請を受けて、米国では、企業に人的資本の情報開示を義務付けるルール整備が進んでいます。

2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)がレギュレーションS-K(非財務情報の開示に関する規則)を改訂、同年11月から上場企業に人的資本の情報開示を義務付けました。

開示内容は企業の自主性に任されていましたが、2021年6月、具体化(契約形態毎の人員数、定着・離職、構成・多様性など8項目)を求める法案が下院を通過、同年9月には上院で公聴会が実施されました。

各項目の開示基準についてはSECが策定するとされていますが、本法律の制定後2年以内に策定できなかった場合には、ISO30414を開示基準として使う旨が明記されています。

ISO30414は、2018年12月に発行された人的資本の情報開示に関する国際規格です。11項目58指標で構成され、人的資本ROI(税引前利益に対する人件費の割合)など人的資本の財務的効果を把握するための指標も含まれています。2021年3月にドイツ銀行が認証を取得しています。

後編では、人的資本経営に取り組む国内企業事例、日本企業の人的資本経営における課題と展望などについて解説します。

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

東北大学理学部数学科卒。NECでソフトウェア開発、品質企画・推進部門を経て、CSR/サステナビリティ推進業務全般を担当。国際社会経済研究所(NECのシンクタンク系グループ企業)の主幹研究員としてサステナビリティ経営の調査・研究に従事。現在はフリーランスのサステナビリティ経営研究家として「日本企業の持続可能な経営のあるべき姿」についての調査・研究に従事。オルタナ編集委員

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