日銀は3月度日銀レビューとして、「気候変動に伴い日本の金融機関が直面する物理的リスク」-水害が実体経済・地価・金融機関財務に及ぼす影響-に関する調査結果を発表した。(オルタナ総研フェロー=室井孝之)

調査結果の要旨は次の通りである。
気候変動問題が注目される背景の一つが自然災害の激甚化であり、大規模災害の7割が水害である。
日本の平均気温は 100年間で 1.26 度のペースで上昇している。日本沿岸の年平均海面水位も近年明確に上昇傾向にある。気温の上昇や海面水位の上昇は、大気中の水蒸気量などの水循環系に影響している。
2019 年の水害被害額は、1961年の統計開始以来最大の 2.1 兆円となり、実質国民所得の 0.54%に相当する。
水害被害は、民間企業設備の毀損とサプライチェーンの損なわれる生産性低下により実体経済を下押しする。
水害被災により実体経済が下押しされれば、被災した土地の期待収益も低下し、地価は低下する。
被災地の金融機関においては、与信先企業の財務状況の悪化や、地価の低下に伴う担保価値の下落により、信用コスト、不良債権比率などの財務指標が悪化することが予想される。
気候変動問題に関する国際的なフォーラムNGFS (Network for Greening the Financial System)は、2100年の日本の河川氾濫による水害被害額を地球科学のモデルを用いて試算し、「脱炭素社会への移行を積極的に行わなかった場合 (Current Policies)」、2100 年の水害被害額は2020年の9 倍になる一方、「移行が円滑に進んだ場合 (Net Zero 2050)」については2.3 倍に止まる」との見解を示している。
日銀は、今後の水害被害が実体経済や金融機関に及ぼす影響を中規模マクロ経済モデルを用い、2100年までの長期シミュレーションを行った。
それによると、脱炭素社会への移行が円滑に進んだ場合、2100年まで見ても水害被害の実質GNPや金融機関の純資産への影響は軽微に止まる。
一方、脱炭素社会への移行を積極的に行わなかった場合、水害被害は2100年実質GDPを最大0.6%下押しし、金融機関の時価ベース純資産を最大6%下押しするとしている。
日本銀行金融機構局はシミュレーションについて、世界が脱炭素社会へ移行するスピード、世界平均気温と災害の頻度・規模や生産性との関係など、様々な要因に依存しており、不確実性が極めて高い点に留意する必要があると強調している。