雑誌オルタナ68号(3月31日発売)では「戦争と平和と資本主義」をテーマに9人の有識者に寄稿頂きました。68号に掲載した記事をオンラインでも掲載します。

新自由主義で生まれた格差など諸課題に対応するため岸田政権は「新しい資本主義」を掲げるが、社会課題を解決するための「マーケティング」とは何か。早稲田ブルー・オーシャン・シフト研究所を立ち上げた川上智子・早稲田大学大学院経営管理研究科教授に寄稿してもらった。

川上智子
早稲田大学大学院経営管理研究科教授
メーカー勤務後、神戸大学で博士号取得。関西大学教授を経て2015年より現職。2019年早稲田大学マーケティング国際研究所(MII)設立、所長に就任。早稲田ブルー・オーシャン・シフト研究所創設者。ワシントン大学・INSEAD他の客員研究員を歴任。2014年よりJournal of Product Innovation Management編集委員に日本から唯一選出。日本商業学会賞・日本経営学会賞受賞。2017年アジア・マーケティング研究者トップ100。日本マーケティング学会理事。日本商業学会『流通研究』副編集長。宝ホールディングス株式会社社外取締役。専門はマーケティング論,イノベーション論。

成長と分配、そして持続可能な社会の実現。新しい資本主義への移行とは、株主価値最優先の資本主義から、マルチステークホルダーの多様な便益を重視するサステナブルな資本主義へのシフトを意味する。

しかし、マルチステークホルダーの便益は相互に対立しうる。地球環境に良いことは、ブランド力向上を介して長期的な成果には貢献しても、株主還元の短期志向とは矛盾する。インセンティブを成果報酬型にすれば、心身に悪影響を与えるリスクもある。

新しい資本主義の実現には、避けがたいパラドックスを解消する工夫が必要だ。その際、クリエイティブな発想と実践を伴うマーケティングの視点が参考になる。

マーケティング分野では、コトラーとザルツマンの「ソーシャル・マーケティング」(1970)以降、半世紀以上、知見が蓄積されている。コトラー他(2010)『マーケティング3.0』にはマルチステークホルダー資本主義を先取りした議論が見られ、コトラー他(2021)『マーケティング5.0』(英語版)では、人間中心主義と人工知能(AI)・拡張現実(AR)・IoT他のスマート技術との共生が強調された。

昨年は、論文誌ジャーナル・オブ・マーケティングで「より良い世界のためのより良いマーケティング(BMBW: Better Marketing for a Better World)」の特集もあり、マーケティングが新しい資本主義に向かう節目の年となった。

コトラーは『資本主義に希望はある』(2015年刊)においても、経済成長の一次元でラットレースを続けることを否定し、脱成長と幸福の追求を主張した。経済成長と幸福度は必ずしも比例しない。