外国人労働者の人権改善へJICA、トヨタなど連携

JICA(国際協力機構)とトヨタなどの民間企業10社は、4月から外国人労働者の救済に向けたパイロット事業を始める。外国人労働者への相次ぐ人権侵害、サプライチェーン全体で「ビジネスと人権」の重要性が増していることなどを受け、官民連携で安心して働くことのできる環境づくりを目指す。まずは、相談窓口の設置や伴走支援を行う。(オルタナ副編集長・長濱慎)

サプライチェーンレベルでの人権デューデリジェンスが求められる

「日本が置き去りにされてしまう」危機感

パイロット事業は、2020年設立の任意団体「JP-MIRAI(責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム)」が行う。同団体の事務局はJICAが務め、22年3月末現在400を超える企業や団体が参加している。

JICAの宍戸健一・上級審議役(科学技術・外国人担当)は、日本の現状にこう危機感を募らせる。

「日本はODAで途上国の人材育成や職業訓練を支援してきた。こうしたつながりを活かし、これから少子化が進み労働力が不足する日本に海外の人材を迎え入れたい。しかし、現実には夢を持って来た人々を失望させる状況になっている。ビジネスと人権に対する意識が世界的に高まる中、日本はこのままでは置き去りにされてしまう」

各国の移民政策を評価する指標「MIPEX(移民統合政策指数)」の国別ランキングで、日本は52カ国中34位(2020年)。同年には米国務省の「人身取引報告書」が、技能実習生に対する人権侵害や搾取を問題視するなど、世界が日本に向ける目は厳しい。

問題解決までの5つのプロセス

パイロット事業では「JP-MIRAI」が企業から独立した相談機関を設置し、5つのプロセスで問題解決を図る。

1)ポータルサイト
2)多言語対応の相談窓口
3)伴走支援
4)法廷外調整
5)企業への報告

1)は、外国人労働者向けの情報提供ポータルサイト「JP-MIRAIポータル」(アプリ)内に、チャットやメールを通して相談できる窓口を設置する。アプリは「敷居の低い入口」として、全ての外国人労働者への普及を目指す。

2)は、アプリや電話を通して届いた相談に対して、9言語(日本語、英語、中国語、ポルトガル語、スペイン語、タガログ語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語)で対応。日常生活、ハラスメント、健康、教育、行政手続などあらゆる相談に応じる。

3)は、外国人労働者が自力で問題を解決するのが難しい場合、社労士やメンタルヘルスの専門家といったプロが必要に応じてサポートを行う。

「将来的には人権問題に関心のある学生、青年海外協力隊のOB、 NGOやNPOなど志のある仲間とパートナーシップを組み、外国人に寄り添い、多層的にサポートやケアができるネットワークに発展させていきたい」と、宍戸さんは意気込みを見せる。

4)は、東京弁護士会に専門のADR(裁判外紛争解決機関)を設け、法令違反などのトラブルがあった場合は弁護士が解決に乗り出す。ただし、これはあくまでも最終手段であり「問題は小さいうちに極力早い段階で解決する」が基本的な方針だ。

5)は、「JP-MIRAIポータル」に寄せられた相談内容をデータベースに蓄積。個人情報を隠した上で事例報告や分析結果を企業にフィードバックし、状況の改善に役立てる。

2022年度はトヨタなど10社とそのサプライチェーン企業が、2万人の外国人労働者を対象にパイロット事業を行う。23年には「JP-MIRAI」に参加する全企業に取り組みを広げ、24年以降には全ての外国人労働者への展開を目指す。

パイロット事業に参加したトヨタ以外の9社は「正式な発表の時期を調整中」などを理由に社名を公表していないが「大手を中心に、幅広い業種が参画している」(宍戸さん)という。

外国人労働者のエンパワメントも重要

この取り組みに対し、人権問題に詳しい佐藤暁子弁護士は、「『ビジネスと人権に関する指導原則』によって企業に期待される『人権デューディリジェンス』の対象であり、外国人労働者の人権に対するマルチステークホルダーでの積極的な取り組みである。今後の運用において、人権リスクの実効的な救済が実現されることを期待したい」と評価する。

一方で、「そもそも相談窓口にアクセスできるためには、労働者本人が自身の権利を自覚する必要があり、エンパワメントも重要。通報による嫌がらせや報復行為を恐れる労働者も想定され、声を上げることで不利益な取り扱いを受けないように労働者の権利保障が重要だ」と指摘し、こう続ける。

「その意味では、労働組合との連携も考えるべき。また、外国人に対する差別など、日本社会の課題もあり、そこに取り組む必要もある。そして、そもそもの技能実習生制度の見直しは並行して議論すべき」

佐藤弁護士は「送り出し国での費用負担の問題や実施に技能実習生を雇用している中小企業へのサポート、特に大企業の購買行動の変容によって、実際に外国人労働者に対しても十分な給与や環境を与えることができる契約になっているかなどを見直す必要がある」と続けた。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #ビジネスと人権

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