社会課題を事業で解決するのがソーシャルビジネスだが、世の中にはビジネスで解決できない社会課題もある。そこで注目されているのが公共政策で社会を立て直す「政策起業家」の存在だ。世界では1980年代から研究が行われてきたが、日本ではまだあまり知られていない。このたび、政策起業家について30年研究してきたマイケル・ミントロム・モナッシュ大学公共政策教授が著書を出版した。翻訳した三井俊介氏(NPO法人SET代表理事)に寄稿してもらった。

『政策起業家が社会を変える:ソーシャルイノベーションの新たな担い手』

ロシア軍によるウクライナ侵攻、香港の民主化デモ、クーデターにより権力を掌握したミャンマー国軍――。世界では分断と対立が加速して、民主主義の危機を迎えている。この背景には、新自由主義が生み出した貧困や格差問題がある。高度経済成長期を終えた日本は成熟社会に突入し、多様化が進んだ。社会の問題も同様に多様化、かつ複雑化が進む。

そこで、公の課題をビジネスで解決する「ソーシャルビジネス」への期待が高くなった。「社会起業家」がその体現者とされてきた。だが、社会課題が多様化・複雑化した世の中ではビジネスイノベーションでは解決しえない社会問題もある。

それらの問題解決に挑むのが「政策起業家」だ。セクターを超えて協業を生み出し、社会を立て直す。社会変革の新たな担い手たちだ。

政策起業家とは何者か

政策起業家とは「ビジネスでは解決できない多様な社会課題を解決するための公共政策を実現させ、社会変革を促進させる人々」である。

世界では多くの論文が発表され、研究が進んでいる。英語論分数で言えば本文中に「Policy Entrepreneurs」が含まれているものが1980年ごろから増え始め、2016年〜2020年の5年間では8780本、2021年は1年間で1940本の論文が発表されている。

翻って日本はというと、2016年〜2020年の5年間でたった19本しかない。タイトルに含まれているものだと、英語論文では2016年〜2020年で124本あるのに対して日本ではわずか2本に留まる。

2022年3月11日 Google Scholar 検索により筆者作成 *クリックすると拡大します

30年分の研究蓄積の差をいち早く埋め、日本社会の中に「政策起業家」を位置付けていくことこそ、より良い社会を作る上で非常に重要なことである。

本書では世界各地にいる政策起業家の事例を紹介し、政策起業家が採るべき戦略・活動しやすい環境・成果などを解説した。政策起業家とは何者なのか、という問いに答えた一冊だ。

行政と民間で得た「経験」を政策に

実は同書には私自身のことも紹介されている。私は、東日本大震災をきっかけに、岩手県陸前高田市広田町に移住、NPO法人SETの理事長として復興まちづくりを行なってきた。2015年からは1期、陸前高田市議会議員も務めさせていただいた。

その中で、多くの経営者や中間支援組織に、「活動を持続可能にするためにビジネス化していくことが重要である」ということを繰り返し指摘されてきた。

しかし、いくら工夫を凝らしたとしても、全ての社会課題をソーシャルビジネスで解決できるわけではなく、逆に全てをビジネス化することで失うもの、持続可能にならないものがあった。このことに関しては、理解を得ることが難しく、非常に苦しい経験をしてきた。だが、市議会議員としての経験はそのような中で重要な意味を持った。

行政機関と民間とを行き来しながら、社会課題の解決を目指した政策をつくり社会に実装していく術を知った。しかし、このことも周りから理解を得ることは難しかった。

そんな中で、「政策起業家」という存在を知り、救われた。そして周りを見てみると、東日本大震災をきっかけにして大きく政策が動き、「政策起業家」たちが現在も各地で活動している姿があった。

「政策起業家」のコンセプトが広く浸透することで私と同じような思いで苦しむ人は少なくなり、より良い社会作りに向けて前進することができる。

そしてそれは日本の公共領域にイノベーションが必要と言われる昨今において、この東北被災地から、日本全体に投げかけうる、大きなメッセージになると確信している。

『政策起業家が社会を変える:ソーシャルイノベーションの新たな担い手』

*4月8日から、三井俊介さんによる連載コラム「政策起業家とは何者か」を毎週掲載します。