日本でも9月に始まる「排出量取引制度」の課題とは

■日本総合研究所・瀧口信一郎シニアスペシャリストに聞く

政府の「2050年カーボンニュートラル」宣言を受けて、日本取引所グループ(JPX)は9月から「排出量取引制度」の実証実験を始める。世界に先駆けて2005年に制度を導入したEU(欧州連合)では、取引価格の高騰が続く。エネルギー政策に詳しい日本総研の瀧口信一郎シニアスペシャリストは「炭素の高騰は欧州の脱炭素に向けたコミットメントの表れであり、日本も参考にするポイントがあると指摘する。(オルタナ副編集長・長濱 慎)

日本総研・瀧口信一郎シニアスペシャリスト

■55%削減の達成に向け価格高騰は続く

――欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS)の取引価格が高騰しています。2021年5月にCO2トンあたり50ユーロ(約6700円)を超えたことがニュースになり、22年に入ってからはそれを上回る80ユーロ前後で推移しています。

22年2月には、一時的に100ユーロ/CO2トン近くまで上がりました。今後、この価格が大きく変動することはないでしょう。その理由は21年12月にEU理事会が、2030年の温室効果ガスの削減目標を40%から55%(1990年比)に引き上げたことです。

取引価格の高騰はEUの野心的なコミットメントの現れであり、ウクライナ情勢を受け、ロシア産天然ガスからの脱却と再生可能エネルギーの導入が加速していくのは明白です。こうした状況を背景に、当面は「高値安定」が続くでしょう。

――高値が続くということは、排出枠を買わなければならない企業にとってはコストになる反面、削減できた企業にとってはインセンティブになりますね。EUが21年10月に出した「欧州グリーンディールレポート」では、EU-ETSの対象となった産業部門の2020年の排出量が、43%削減(05年比)できたと報告しています。

排出量取引というと取引(トレード)の部分に注目しがちですが、実は排出枠(キャップ)を設けることが重要です。43%の削減も規制をかけた成果でしょう。規制があるからこそ企業は削減目標を明確にして努力でき、イノベーションが生まれやすくなるのです。

EU-ETSが優れているのは、制度の対象となった企業の賛同を得られた点です。一般的に「規制」というと敬遠されがちですが、EUは最初に無償排出枠を与えて導入をしやすくしました。

こうして時間的猶予を設けて、削減に向けた準備が整ったところで有償(オークション)に移行する方策を取ったのです。もし最初から重たい規制をかけていたら、スムーズには進まなかったでしょう。

欧州有数の電力会社であるバッテンフォール(本社:スウェーデン)のアンナ・ボルグCEOは「気候変動リーダーズサミット」(2021年4月・米ホワイトハウス)のスピーチで、排出量取引は削減に有効なツールであり、イノベーションを加速していると評価しました。そして、パリ協定にもとづいて化石燃料からの撤退を表明しました。

瀧口 信一郎(たきぐち・しんいちろう)
日本総研・創発戦略センターシニアスペシャリスト。京都大学人間環境学研究科修了。テキサス大学ビジネススクール修了(MBA)、コンサルティング会社、不動産投資ファンド、エネルギー関連アドバイザリー会社を経て、日本総研入社。注力テーマはエネルギー政策、環境産業の育成支援、次世代エネルギー関連ビジネスモデルの構築など。

■EU-ETS成立には「思想」が大きく関係

――EU-ETSは、世界の排出量取引のモデルとなるでしょうか。

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S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #脱炭素

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