「その服に哲学はあるか」、著名デザイナー訴え

記事のポイント
①社会性の観点からファッションデザイナーを育成する講座がある
②仕掛け人はパリで活躍する著名デザイナーの中里唯馬氏
③中里氏はデザインを突き詰めて「哲学」まで落とし込むことを強調

ファッション業界の課題解決に挑むデザイナー育成プログラムが話題だ。同プログラムはソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティがテーマで、公募したデザイナーの表彰や育成支援を行う。環境省が後援に付く。2年目を迎えた同プログラムの仕掛け人であるファッションデザイナーの中里唯馬氏はデザインを突き詰め、「哲学」まで落とし込むことの重要性を訴える。(聞き手・オルタナS編集長=池田 真隆)

ソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティをテーマに未来のデザイナーを育成する

――中里さんは未来のデザイナーを育成・支援する「FASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)」を立ち上げました。

中里:ファッションデザイナーとして活動していましたが、ファッション業界が抱える大量生産・消費や環境汚染などの課題に疑問を抱いていました。自分のファッションブランドでできることはしてきましたが、それだけでは広がりに限界があると思っていたときに、環境省でもこの課題に取り組んでいることを知りました。

これまでファッション業界の管轄は経産省でしたが、これからカーボンニュートラルを目指す上でファッション業界の脱炭素化は重要な課題です。そこで、環境省が座談会を開き、ファッション業界の課題解決に取り組んでいると聞いて興味を持ったのです。

環境省とファッション業界の課題について話し、この企画を提案しました。ファッションデザイナーが、衣服のデザインを考える際に素材の選定からパターン、染色やプリントなどの二次加工、さらには工場の選定に至るまで、様々な領域の意思決定を行なっていく役割があるので、デザイナーの意識が変わると業界へのインパクトは大きいと思いました。

ただ、業界全体の教育改革をするには、膨大な時間とエネルギーが必要です。ですので、別の形でデザイナーの意識を変えられないかと考え、このアワードを提案しました。

単なるファッションコンテストではなく、一般公募から選んだデザイナーにはソーシャルレスポンシビリティについて学ぶ機会を提供したり、アイデアを具現化できるように企業とマッチングしたり、メディアの紹介や資金支援なども行います。

――昨年、FFPの第1回目を実施しました。手応えはいかがでしょうか。

中里:ソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティは難しいテーマなので、どれくらいの方が応募してくださるか安でしたが、約100人の方から応募がありました。デザインを学んだことがない高校生から主婦の方、そしてプロとしてご自身のブランドを運営されている方まで様々な人がいました。

このプログラムの目標は、これから業界を目指したいと言う人の夢」を応援することです。そのため、現時点でのレベルだけを評価するのではなく、その人の志を見極めていくことで可能性を見出していこうと考えました。

実際に、ポートフォリオは無いけれど、テキストでご自身の想いを精一杯伝えてきてくれる人がたくさんいたことに、こんなにたくさん志の高い人たちがいるんだということが視覚化され、私自身もとても勇気づけられました。

今は選考した8人に無償で学ぶ機会を提供させていただいているのですが、できれば8名だけでなく、もっと多くの人に学びや考えるきっかけとなるヒント、インスピレーションを届けていけるような仕組みを考えていきたいと考えています。

中里唯馬 1985年生まれ。2008年、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーを卒業。2015年に「株式会社YUIMA NAKAZATO」を設立。2016年7月にはパリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーの1人に選ばれ、コレクションを発表。その後も継続的にパリでコレクションを発表し、テクノロジーとクラフトマンシップを融合させたものづくりを提案している

1年目は主に国内のみに活動が留まってしまっていましたが、2年目からは海外のプロジェクトとの連動も積極的に行いながら、発信を強めて行きたいと考えています。

――ファッション業界は航空業界よりも二酸化炭素の排出量が多いです。デザイナーの役割をどう考えますか。

中里:デザイン性だけでなく、服づくりが環境に及ぼす負の影響についての知識も必要になります。衣服のデザインだけでなく、それらが社会に広まっていく際に、どのように伝わっていくかも同時に考える必要があります。ソーシャルレスポンシビリティとクリエイティビティをいかに両立するかが問われています。

――どの程度のデザイナーが両立できていますか。

中里:ファッションの歴史を振り返ると、時代と呼応しながらもファッションが人々の意識を変えたり、また変化しようと試みる人を励ましたりしてきたのだと思います。

そういう意味では、過去も現在も、少数かもしれませんが両立しているデザイナーはいると思います。ただ、まだまだ少数ですし、意識することが当たり前となっていってほしいと願っています。

FFPは、そのようなアクションを取るデザイナーが増えていくことを目指し、様々なサポートを考えています。大切なのは、本人のパーソナルな意思や志、哲学から発せられるクリエイティビティを、どのように具現化し、社会に伝えていくことができるのかという視点です。

――「哲学」に落とし込むとはどういうことでしょうか。

中里:何か社会の変化を創り出すというのは、とてもエネルギーのいることです。そして、同時に時間もかかるでしょう。

そのためには、デザイナー本人がどれくらい本気でアクションしていきたいかであったり、そこまでして実現していきたいという必然性が語れるかどうかもとても重要です。

そのためには、デザイナー自身の「哲学」というものが、原動力になっていくと思います。これは、私がファッションを学んだアントワープ王立芸術アカデミーの教えでもあります。

本人のアイデンティティーであったり、パーソナルな部分から生まれる「哲学」というものを、どのように磨いていくのかが重要であると学びました。

――途中で挫折してしまう人も少なくないと思います。どのようにしてご自身の「哲学」までたどり着きましたか。

中里:私自身が本質にたどり着いているかというと、そんなに簡単なものではないと思います。ただ、学生時代に学んだことは、どのように自身の哲学を磨いていったら良いかと言う、その磨き方を教わったと例えるとわかりやすいかもしれません。

仮説を立てて、そしてそれを先生やクラスメイトに伝えてみる。すると、至らない部分が浮き彫りになる。そしてまた新しい仮説を立てる。これをひたすら繰り返していくのです。とても地道な行為の繰り返しですが、それは今もなお続いていると思います。

――中里さん自身はソーシャルレスポンシビリティの観点をデザインに取り入れることで、どう変わりましたか。

中里:私は衣服の生産地を訪れたり、またリサイクルセンターなどの処理施設などを見学したりするように心がけています。そうすることで、衣服のデザインに留まらず、製造工程から破棄するまでの流れを考慮してデザインを考えることができるからです。

例えば、衣服がどのように破棄され、リサイクルさているかを知れば、必ずしも丈夫に衣服を作れば良いということだけでなく、いかに簡単に解体できるかという視点も重要であることがわかります。

衣服を作ったり解体したりすることがもっと簡単にできるような仕組みを考えることは、以前から「変化する衣服」を実現するため針と糸を使わない物作りを考えてきたことと繋がり、すぐにソリューションを考えることができました。

このように、衣服を設計する人がソーシャルレスポンシビリティを意識することで、デザインの在り方そのものが大きく変わる可能性があると考えています。

――中里さんはコロナ禍で抽選で選んだ人に、無償で一点モノの服をつくるface to faceという社会貢献活動をしてきました。

中里:学校を卒業してすぐのころ、ある海外のアーティストにオーダーメイドの衣装のデザインを頼まれたのですが、出来上がった服を届けると、その方が私の目の前でとても喜んでくれました。

衣服がその人の身体の一部になっていくだけでなく、気持ちまで高めていく様子を見た時に、着る人のためにデザインする1点物のデザインの力を知りました。

ただ、このような体験を多くの人に届けることは物理的にもとても困難でした。この体験を多くの人に届けたいという想いはそれからずっとあり、このコロナ禍において何かできることはないかと考えた時にFace to Face を思いつきました。オンラインでの対話と物流を組み合わせて、遠く離れた見ず知らずの人にもオーダーメイドの衣服を届けようと考えたのです。 

同時にこのプロジェクトをするにあたって、私の中で考えていたのは、経済合理性によって大量生産されている衣服が世の中の大半となっている現在と以前は家庭内で作っていたことを比較すると、服を作る人と着る人の距離は極限まで離れてしまったのだと思います。

しかし、これからの時代は、物理的に離れていても、作っている人の存在を着る人が感じられる事、それがこのテクノロジーの進化によって実現できるのではないか、そんなことを実証したかったのです。

――実際には何人の方の服をつくりましたか。

中里:2020年の5月ごろに募集を行い、たくさんの応募をいただいた中から24名を選ばせていただきました。

誰でも1着は持っている服で、同時にコロナ禍で物資が集まりにくい状況だったので、シンプルな手法と素材で作れることを前提に、白いシャツを送ってもらい、そこに手を加えさせてもらうという方法でオーダーメイドの服を作ろうと考えました。

直接お会いして採寸ができないため、送っていただく白いシャツから様々な情報を集めて制作していきました。

そして、オンラインで15分程度の対話を通じて、着る人の人物像をつかんでいくという、最も重要なプロセスも、コロナ禍で物理的に人に会えない状況の中、苦肉の策で思いつきました。

皆さん緊張されるでしょうし、そんなに難しい質問をするわけではなく、なんとなく自己紹介などの会話から始めていき、そして白いシャツに宿っているその人の記憶を伺います。

それらをインスピレーションにデザインを考えていくと、何気ない白いシャツが、全く異なる姿に変化するのです。その姿を楽しんでほしいという考えから、事前にデザインは伝えず、届いてからのサプライズにさせてもらいました。

体験してくださった参加者の方々からは、まるで旅行のような体験だったという感想をくれる方もいて、これからの時代の衣服の在り方を、私自身も考えさせられるとても良い機会となりました。 

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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