国境なき料理団 被災地で炊き出し

温かい料理を避難所の人たちに食べてもらいたい-。東京の料理人たちのこんな思いが、被災地での炊き出しという形で実を結んだ。

国境なき料理団(運営=NPOガイアプロジェクト)と名づけられた炊き出し隊は4月13日に東京を出発。14日に岩手県大槌町、16日に宮城県山元町の避難所を訪問し、合計で1000食を超える海鮮チラシ寿司ととん汁を、避難所で暮らす人たちの昼食として提供した。

この被災地炊き出しをした銀座の料亭「六雁」は、2008年版のミシュランガイドで一つ星を獲得したほどの人気店。榎園豊治支配人と秋山能久料理長は、東日本大震災の被害にあった人たちを「食」で元気づけたいと考え、今回の炊き出しを計画した。

築地市場などの仕入れネットワークを活かして、炊き出し用の食材が集まった。寄付を受けた食材は、インドマグロ65kg、北海道産イクラ25kg、アナゴ25kg、新潟産コシヒカリ30kg、豚肉30kgなど。物資や人を運ぶ車両4台は、メルセデス・ベンツ日本、マツダ、本田技研工業から提供を受けた。

身銭を切って用意したものもある。被災者の集まる東京武道館で先月31日に深川丼300食以上を炊き出したことが評判となり、支援の輪が少しずつ広がった。炊き出し隊には、六雁の料理人4人とボランティア5人が参加し、共同で料理の仕込みや盛り付けを行った。

津波の被害にあった沿岸部の人たちは、以前は豊富な魚介類を食べていた。だが、震災後は一度も口していない人がほとんど。なかには、我慢できずに遠くまで刺身を買いに走った人もいる。

炊き出しが始まる少し前から海鮮チラシ寿司を求める長い行列ができ、山元町では常時100人近い行列も。大槌町では避難所となる中央公民館で配り終えたあと、すでに自宅へ戻った人たちへの出前も実施。山元町では約2時間で500食が配られた。

大槌町に住む鈴木みよさん(57)は、津波で家と夫を失った。「その日、その日を考える生活をしているだけの毎日ですが、魚を食べたのは震災後初めて。美味しいです。孫にも食べさせたい」。

山元町の山下中学校で避難所生活を続ける星淳一さん(36)は、「とにかく、魚が食べたかった。(海鮮チラシ寿司は)毎日でも食べたいぐらい最高です。とん汁も美味かった」と頬を緩めた。

炊き出し隊をまとめる榎園豊治さんは、「料理のプロとして、被災地での炊き出しは今後も続けたい。料理人の想いがきっかけとなり、人の温もりが少しでも被災者の次へのエネルギーの糧になれば」と話している。(形山 昌由)

*炊き出しの動画はこちらから観られます

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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