トークセッション「 いのちの場から社会を良くする」

一般社団法人「みんなが みんなで 健康になる」(秋山和宏代表理事)とシンクタンク・ソフィアバンク(田坂広志代表)は、10月9日、医療人や社会起業家が集うイベント「MED2022」を開いた。特別トークセッションでは、元サッカー日本代表監督でFC今治オーナーの岡田武史氏、ソフィアバンク代表の田坂広志氏が登壇し、「夢・志をカタチにする力」をテーマに語り合った。(オルタナ編集部)

「MED2022」2022年10月9日 日本科学未来館 未来館ホール

〈登壇者〉
岡田武史氏 株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長 FC今治オーナー
田坂広志氏 シンクタンク・ソフィアバンク代表 多摩大学大学院名誉教授
秋山和宏氏 みんながみんなで健康になる 代表理事

秋山 最初に、お二人に、本日、MED2022に参加されての感想を伺えればと思いますが。

岡田 今日、初めてMEDに参加させて頂き、皆さんの一次情報、二次情報ではなく、実際にやっていることを伺ったので、インパクトが強かったですね。ただ、色々な人の発表を聞いていて、「あ、これ、俺だけかと思っていたが、そうじゃないんだ」と感じ、“優越バイアス”が壊れましたね(笑)。

そして、自分は老人だと思っていなかったけど、高齢者だったことを再認識しました。飛行機の搭乗回数は、全国3位と言われるほど、飛び回っていたけど、考え直さなくては(笑)。

田坂 今日のテーマは「志」ですが、その「志」を実現する道は、実に多様であることを感じました。本日のプレゼンターを見ても、ある人は、社会をマクロに見て変革を語る。村田裕之さんの超々高齢社会の話、近藤克則先生の健康格差の話は、マクロな話ですが、大きなインパクトを感じた。

一方、松戸市での健康クラブのような、地域密着型の活動も、素晴らしい「志」実現の在り方ですね。その意味で、「志」を実現する道は、様々な形があることを感じました。おそらく、会場の皆さんも、そのことに、勇気づけられたのではないでしょうか。

秋山 今日のMED2022が掲げたのは「夢・志をカタチにする力」というテーマですが、岡田さんは、今治市で大きな夢を描かれて、活躍されていますね。

■「夢」を語ったら15万人の町に1万5000人のスタジアムが実現

岡田 実は、8年前には、サッカーのことだけ考えていました。日本のサッカーは、試合で主体的にプレーする選手、自立した選手が少ない。それを変えるには育成から変えていかなければならないが、そのためには、一度、従来の育成のやり方を否定する必要がある。

そう考えているとき、たまたま、四国リーグでサッカーチームを運営していた先輩のことを思い出し、51%の出資をし、経営することにした。しかし、実際にやってみて、経営は本当に大変だと分かった。

当時の今治市は元気がなく、商店街も誰も歩いていない。だから、サッカーやっても見に来てくれる人がいないと思った。では、どうすれば、15万人の町を活性化できるのか、人口減少を止められるのか。そのことを考えた。

一方、J1リーグに入るには1万5000人収容のスタジアムを造らなければならない。だったら、複合型のスタジアムにして365日人が行き交う拠点になることで、交流人口や定着人口を増やしていけないかと考えた。そう考えて動いていたら、四国リーグの胸のスポンサー料は150万円だったのに、5000万円出すスポンサーが現れた。

ある会社は、離職率が35%と極めて高かった。企業として成長はするけれど、経営者は夢を語らなかった。しかし、夢を語り始めたら、離職率が減ったそうです。今治でも、夢を語り続けたら、誰もが、まさかと言っていたスタジアムができ、そして5000人を満員にできました。

当初は、「有名人がちょっと来て、帰るつもりだろう」と揶揄する人もいました。ある地元企業の社長は、岡田さんは法螺吹きだと言っていたようだ。しかし、去年くらいから、その雰囲気が変わり始めた。私も、やれることは、すべてやった。自分のクルマにポスターを貼って、街中を走った。街頭でビラも配った。そうした活動を続けてきたら、いま、今治は、人口減少が止まったのですね。

現在、FC今治は、J3からJ2に上がろうとしている。大型スタジアムを造らなければならない。現在のスタジアムは3億8000万円で造りましたが、今度の大型スタジアムは、40億円以上。しかし、今治市長は、市には予算が無いから、自前で造ってくれ、岡田さんが40億円を集めてくれと言われ、倒れそうになった。(笑)

しかし、そのお金が何とか集まった。それが、まもなく完成する「里山スタジアム」です。いま、2023年1月に竣工の予定で、工事は順調に進んでいます。

次の世代のために、「モノの豊かさ」よりも「心の豊かさ」を大切にするコミュニティを創りたい。経済格差を解決できる小さなコミュニティを創りたい。そこでは、衣食住を支え合う「ベーシックインフラ」が提供される。着る物はみんなで融通し合う、畑も作るし、ぶどうもワインも作る。

今治には、空き家もたくさんある。大工さんに手伝ってもらってリフォームし、移住した人に住んでもらう。そのような「共助のコミュニティ」を作りたい。そうしたことを他のJリーグのクラブなどが中心になりやり始めたら、この日本が変わると思っています。

政治家や経済学者が言う「ベーシックインカム」は成功しないと思っています。むしろ、「ベーシックインフラ」が地域を変えると思っています。振り返れば、「妄想」が「妄想」ではなくなった。「夢」と「法螺」と「妄想」は、同じですね。本気で信じ込めば、必ず、実現する。(笑)

地域の「ベーシックインフラ」としてスタジアムを作る岡田武史氏

■シンクタンクでなく世の中を変える「ドゥータンク」を創った

秋山 岡田さん、非常に感動しました。有り難うございます。さて、田坂さんは、1990年に、日本総合研究所を立ち上げられましたが、そのとき掲げたビジョンが、思考するだけの「シンクタンク」ではなく、行動する「ドゥータンク」ですね。

田坂 2018年に、私は、このMEDにお招き頂き、「生命論パラダイムの時代」というテーマで話をしたので、私のことを「哲学者」だと思っている方がいるかもしれませんが、実は、私は、若い頃、ビジネスの世界を歩んだ人間です。それも、原子力産業の法人営業という“生き馬の目を抜く”ような世界です。

従って、そうした体験から、経営者としての岡田さんの決意やご苦労を伺うと、深く共感します。実は、私が1990年に日本総合研究所を立ち上げるとき考えたのは、単に、調査、分析、予測、評価、提言という活動を行う「シンクタンク」ではなく、この世の中を実際に変えていく「ドゥータンク」を創ろうと思いました。

「目の前の現実を、1ミリでも良いから変えよう」と本気で思っていた。それを「妄想」と思う人もいるかもしれませんが、我々は、明確な「ビジョン」として掲げた。例えば、我々は、「Shadow MITI(陰の通産省)ということを本気でめざした。民間主導で新産業を育成することをめざし、そのために「異業種連合」(コンソーシアム)を設立するという戦略を採った。

10年間に702社の民間企業とともに、20のコンソーシアムを創って、新たな技術開発や事業開発に取り組んだのですね。そして、10年間で、実際、我々は、「ドゥータンク」のビジョンを実現しました。その当時の仲間が、いま、会場にも来ているシンクタンク・ソフィアバンクのメンバーであり、一緒に悪戦苦闘した「同志」ですね。

そうしたビジネスの経験からも、私は、先ほどの岡田さんの話を聞くと、感動します。会場の皆さんも、感動されたのではないでしょうか。

ただ、ここで、気をつけなければならないのは、「自己限定」です。この話を聴いて、「感動した! しかし、あれは岡田さんだからできるので、自分にはできない…」と思ってしまうことです。

そうではない。大切なことは、どれほど大きなことを成し遂げたかではない。たとえ、どのように小さなことでもよい。目の前の仕事、日々の仕事を通じて、世の中を良い方向に変えていくこと、思いを込め、力を尽くして、世の中に光を届けていくことです。

伝教大師・最澄の言葉に、「一隅を照らす。これ、国の宝なり」という言葉がありますが、その「一隅を照らす」思いと活動こそが、大切なのですね。

そして、そのとき大切なことは、自分が挑戦しようとしていることの実現を、「本気」で信じられるかどうか。岡田さんの才能は、夢を本気で信じられること。私も、及ばずながら、自分の語ったビジョンは、本気で信じます。

そして、この日本という国では、挑戦して失敗したからといって、命を取られるわけではない。この日本という国は、77年、戦争のない平和な国であり、世界有数の経済大国。超々高齢社会が悩みとなるほど、誰もが健康で長寿。科学技術は最先端で、誰もが、高等教育を受けられる。

そういう意味で、いま、80億人が生きる世界で、日本は最も恵まれた国です。この恵まれた国において、失敗を恐れず、挑戦をしてみてはどうか。岡田さんから学ぶべきは、自分の夢を信じて、挑戦する姿。岡田さんにも、失敗はある。しかし、たとえ失敗しても、成長できる。職業人として、人間として、必ず、成長できるのですね。

岡田さんから学ぶべきは、その姿ではないでしょうか。

「日々の仕事を通して世の中を変えていくことが大切」と、田坂広志氏

■パーソナリティ(人間性・人間力)は「最高の戦略」に

秋山 有り難うございます。では、そうした挑戦をするとき、ビジョンや戦略については、お二人は、どう考えてこられましたか。

岡田 当初、サッカーと経営は違うと思っていたが、数年したら、一緒だなと思いました。どちらも、同じ目標に向かって力を合わせる、個人の成長はチームの成長になる。そして、人の心のマネジメントが大切になる。

そのことを、ユニクロの柳井さんに言ったら、「当たり前だ。今ごろ何を言っている」と一蹴されましたが(笑)。今治.夢スポーツを経営して、「目に見えないもの」を大切にするマネジメントが重要であることに、改めて気がつきました。だから、会社のメンバーには、目の前のお金より、企業理念であるお客様との信頼を築こうと語っています。

そして、そうした努力を続けていると、コロナ禍で7割のJクラブが赤字になっている時代に、うちの会社は黒字が出ました。パートナーの企業が、不況でも降りなかったからです。やはり、経営はビジョン、ミッション、理念が大事です。それに沿ってやっていたら、何とか8年間潰れずにやってこれました。

そしたら、今度は、中高、短大の学園の経営もやることになった。次は、この教育というテーマにも取り組んでいきたいと思っています。

田坂 岡田さんの話を聞くと、皆さん、わくわくされるのではないでしょうか。実は、「ビジョン」を語るとき、最も大切なことは、リーダー自身が、わくわくしていることです。淡々と、冷静に語るのものは、言葉に「言霊」が宿らず、魅力的な「ビジョン」にはならない。

そして、「戦略」について大切なことは、「目に見えない経済と資本」を動かすことです。そして、そのためには、明確な「志」を持つことです。

なぜなら、「志」を持って行動する人の周りでは、「目に見えない経済」、すなわち「ボランタリー経済」が動き出すからです。色々な人が、無償で、力を貸してくれたり、智恵を貸してくれたり、人を紹介してくれたりするのですね。そして、このボランタリー経済が動くとき、集まってくるのが「目に見えない資本」、例えば、知識資本、関係資本、信頼資本、評判資本、文化資本などです。

この「目に見えない経済と資本」を動かすことが、志を実現していくための戦略なのですが、しかし、永く、戦略参謀としての道を歩んできて、深く感じていることがあります。それは、「パーソナリティは、最高の戦略」ということです。

すなわち、優れた人柄や人格、人間性や人間力を持っていることは、実は「最高の戦略」なのですね。だから、我々は、志を抱き、人間を磨き続けていくのでしょう。

■「心を一つに」という精神論はチームをダメにする

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #サステナビリティ

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