【連載】サステナビリティ経営戦略(29)
記事のポイント
- 松下幸之助は国家繁栄のために家計資産の貯蓄から投資へのシフトを提唱
- 企業と金融が役割を実行していくことで健全な資本市場を形成すると主張
- その際に企業に求められる「サステナビリティ経営」とはどのようなものか
10月6日付日経新聞に『貯蓄から投資へ未完の挑戦 「1億総株主」幸之助翁の先見』と題する記事が掲載されていました。パナソニック創業者の松下幸之助氏が、今から半世紀以上前の1967年に雑誌「PHP」に発表した「株式の大衆化で新たな繁栄を」と題する論文を題材に、貯蓄から投資へと日本の家計資産がシフトすることの重要性について解説したものです。(サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)
本論文を通して幸之助氏は「株式会社が健全にして安定した経営を行い、株主も健全にして安定した姿でそれを長期的に応援していく事が、国家国民の繁栄と発展のために重要である」という趣旨の提言を行っています。その実現に向け、政府、企業、金融機関、個人がそれぞれ取り組むべき課題を示しています。
幸之助氏は、政府には「国民の株式所有の奨励及びそのための具体的な奨励策や優遇策の実行」、企業には「株主重視の姿勢(株主の利益を第一に考える)」を求めました。そして、金融機関(幸之助氏の論文では証券会社を指す)には「個人株主を出来るだけ多く作ること」、個人には「株主本来の使命を自覚し、短期売買を戒め、永久に株を保有するぐらいの長期投資の心構え」などを求めています。
これらは現代でも充分に通用すると思われる内容です。日経記事では幸之助氏の考え方を補足する形で、企業には「稼ぐ力の向上やガバナンス改革の加速など企業価値を高める経営努力」、金融機関には「優良企業を選別する運用力やパフォーマンスを安定的に上げ続ける運用商品の開発力」を求めるとしています。
■企業と金融機関の役割とは
幸之助氏の論文及び日経記事は、日本の家計資産を対象に貯蓄から投資へのシフトを促すものです。その目的実現の根幹を成す主体となるのは企業であり、その伴走者としての金融機関でしょう。
企業は、持続的な企業価値創造(社会価値と経済価値の同時実現)を目指すサステナビリティ経営を実行します。金融機関は、建設的な対話・エンゲージメントを通して企業が創造する価値(インパクト)を的確に評価・判断し、適切な資金提供を行い、企業を後押しします。
企業と金融機関は、資本市場においてこの様な好循環を生み出すために切磋琢磨し、国家国民の繁栄と発展に寄与していくことが求められます。
その際、企業に求められるサステナビリティ経営とは何でしょうか。まず第一に自らの価値観(存在意義やパーパス等)に基づく長期ビジョンを描き、その実現に向けてビジネスモデルを変革(経済価値と社会価値を両立させるビジネスモデルの構築)することです。
そして、戦略に落とし込み、ステークホルダーとの協働を通して実行し、そのプロセス及び成果(財務インパクト、環境・社会インパクトの両方)を測定・開示するという長期視点の経営のことです。
これは、経産省が提唱しているサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)と同義です。8月30日に経産省は「伊藤レポート3.0」を公表しました。SXとは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を指します。
ここで「同期化」をこのように定義しました。社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて、社会の持続可能性の向上を図るとともに、自社の長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の向上と更なる価値創出へと繋げていくことを意味しています。
企業と金融機関が切磋琢磨しながら、それぞれの役割を真摯に実行していくことが健全な資本市場の形成と発展に繋がります。
その確固たる基盤があってこそ、50年以上も前に幸之助氏が国家国民の繁栄と発展を願い、提唱した家計資産の貯蓄から投資へのシフトも円滑に進展するものと思われます。