グリーンムーブメントの若き担い手―カナダの環境活動家 メラニー・マレン氏インタビュー

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聞き手: 奥田みのり

11月中旬、都内9箇所でカナダから来日中の環境活動家・メラニー・マレン氏の講演ツアーが行われた。ナイアガラ地域での環境に配慮したまちづくり への提言や、水資源保全活動の功績が認められ、カナダ市民名誉賞などを授与しているマレン氏は26歳。2007年には、グリーンパーティ(緑の党)からオ ンタリオ州議会議員選挙に出馬。バリで行われたCOP13をはじめとする国際会議にグリーンパーティ・オンタリオ副代表として参加するなど、国際舞台でも 活躍している。各国から講演のオファーがくるというマレン氏に、単独取材をした。

――政治に関心を寄せるようになったきっかけについて教えてください。

私は10代のころから環境活動家として、森林の保護活動や、抗議活動などをしてきました。政治について特に関心を持っていたわけではありませんでし たが、自治体や政府と交渉をする過程で、フラストレーションを感じることがしばしばあり、そうした経験から、交渉のテーブルに着くには、政治の世界に足を 踏み入れることも必要なのではないかと考え始めたのです。

――オンタリオ州議会議員選挙にグリーンパーティから出馬した理由は?

大学生のときに、グリーンパーティのサポーターになったのが、最初の接点でした。環境問題に関わっていた私にとっては、自然な選択でした。政治家を 目指すことは考えていませんでしたが、卒業後も環境に関する活動をしていこうとは思っていました。そんなときに、グリーンパーティから2007年のオンタ リオ州議会議員選挙への出馬の話をいただいたのです。

もし私が政治に関心があって、政界でキャリアを積みたいと考えていれば、どの政党から出馬しようか迷ったかもしれません。しかし私の関心は環境問題 にありました。ですから、環境に配慮した政策などを推し進めること(グリーン・ムーブメント)を考えれば、グリーンパーティを選ぶということは、自然なこ とだったのです。

――選挙中、印象的な出来事はありましたか?

最初のディベートでは、徹底的に対立候補に攻撃されて、非常に難しい立場に置かれてしまいました。私が環境の大切さを訴えると、「仕事がないのに、 グリーンムーブメントが重要だなんて、どうして主張できるのか」とすさまじい攻撃をくらいました。

そこで、この教訓を踏まえて、次のディベートでは、対立候補に対して、“人として向き合う”こと、また、基本的なことを丁寧に主張することを心がけ ました。前回私を攻撃した人物は、癌のサバイバーでした。ディベートで私は、癌という病気は、化学物質によるものだということ、発がん性物質は、水や食べ 物にも入り込む危険性があることを話しました。そして、まずは私たちが健康でなければ、雇用の問題は解決しないと訴えたのです。仕事をつくることも大事で すが、そのためには、私たちが健康でなければ働けない。健康でいるには、きれいな水、空気、土によって育てられる食料が必要だと訴えました。

それから、グリーンムーブメントは、経済的な刺激になることも訴えました。国が戦争の道を進めば、軍需が拡大されるように、グリーンムーブメントが 活発になれば、グリーンテクノロジーやグリーンジョブが広がるからです。

また、オンタリオ州のナイアガラフォール市は、川の下流に位置しているので、上流から汚染物質が流れ着く、もっとも環境の影響を受けやすい地域で す。ですから、オンタリオ州に住む私たちこそが、グリーンムーブメントの担い手になるべきだともいいました。人間の健康は、きれいな環境とは別に考えるも のではないとも。このつながりを忘れないでほしいと話しました。

すると、前回のディベートで攻撃的だった対立候補の男性が、目に涙をいっぱい溜めて、私の話を聞いていることに気がつきました。おそらく、癌を克服 したばかりの彼にとって、私たちの健康と環境が表裏一体であるかという話は、心に訴えるものがあり、彼の心を開いたのだと思います。よく、グリーンパー ティの主張は、カッコイイ言葉で語られる理想でしかないと批判されるのですが、そうした溝が埋まっていくような気がしました。忘れられない出来事です。

オンタリオ州議会議員選挙には4名が出馬。過去20年以上、議席は民主党、共和党のどちらかの 議員が占めてきた。選挙に敗れたマレン氏だが、選挙区で11.4%の得票を獲得。前回の選挙における同地域でのグリーンパーティが得票した投票数の5倍に あたるものだった。

――選挙後、生活に変化はありましたか?

選挙後のことは、何も考えていませんでした。てっきり、以前のような普通の生活に戻れると思っていたんです。

ところが、驚いたことに、外出先で、見知らぬ人から相談を持ちかけられるようになりました。特に地元のホームタウンでは、私がスーパーで買い物をし ているとき、あるいは父が経営する店の手伝いをしていると、「この問題はどうしたらいいかしら」と私に解決策を求めて話しかけられることが多くなりまし た。これは、全く予想していなかった出来事でした。

相談の内容は、隣の人がリサイクルをしていないようなので、どうしたらいいかとか、あの店では発砲スチロールを使っているのだけど減らせないかとか といった、様々な内容でした。まるで私が問題解決者であるかのように、話しかけてくるのです。こうして何人もの人から話を聞くうちに、あることに気がつき ました。それは、地域の人は、自分が考えているより、ずっと隣人のことや、環境問題について関心を持っているということでした。これは、とても嬉しい発見 でした。

相談内容についてリストをつくり、できる限りのことを試みてみました。隣人がリサイクルをしないというケースは、もしかしたら、隣人はリサイクルの やり方や、そうしたしくみが自治体にあることを知らないのかもしれないと考え、リサイクルをするように言うのではなく、この地域ではこんなやり方でリサイ クルをしていますよと、教えてあげてみてはとアドバイスしました。別件で、市長に話をしにいったこともあります。できる限りのことをしてみました。

おもしろいと思うのは、私は選挙で当選しなかったのに、多くの方から認識されるようになったことです。これはとてもありがたいことだと感じていま す。
もし当選して議員になっていれば、こうした相談に対して、仕事として対応していたのわけですが、私は議員ではないので、本業の合間などをぬって、力になれ るよう行動しています。すでに選挙から3年がたちますが、今でも声をかけられることがあります。

現在マレン氏は、トロントで環境コンサルティングのベンチャー企業を設立。屋上緑化や省エネ建 築などのコンサルティングを手がけている。

――恵泉女学園大学での講演は、300人近くの大学生らから熱烈な歓迎を受けたとお聞きしましたが、日本の大学生を前に講演をされた感想は?

私に対する質問から、彼女たちが、ホリスティックな視点から、世界を把握しようとしていることが分かり、非常に感銘をうけました。

たとえば、「エコ」が流行のように扱われて、グリーンなことがカッコイイとか人気があるといった風潮が見受けられれるけれど、こうした流行が過ぎ 去った後、私たちはどこを目指すべきなのか。ショートターム、ロングタームのゴールについて考えを求められました。

また講演で私は、インドネシアを訪問したことを紹介したのですが、それについても質問を受けました。例えば汚水の浄化装置を提供するといった、機材 のインストールだけでは不十分なのではないかと。現地の人に使い方やメインテナンスについてまで教えなければ、アフターケアを担当する会社もない場所では 役にたたない。地元の有力者が機材を囲って、結局市民は使えない。社会的な構造の変革にも目をむけないと意味がないのではといった意見でした。
この視点には心から共感ができました。途上国を訪問する際、いつもこうした点が葛藤としてあったからです。私は、この質問をしてくれた女性の、環境問題を 見る視点を、すばらしいと思いました。

私が途上国を訪問することで、何になるのか。何かするこで、地元に不平等が生じてしまったりしないか心配でした。そこで私は、情報や知識を惜しまず 提供することに徹し、それをどう使うかについては、一切地元の人にまかせることにしました。

他にもいろいろな質問をいただきました。どれも環境問題を構造的に見ていて、世界をグローバルな視点から理解しようとしているのが伝わり、とても嬉 しかったです。

講演では、以下のような発言があった。

「コロンビアでは、緑の党から大統領選に立候補したイングリット・ベタンクールさんが、6年半の間、拉致されていました。コロンビアで政治活動を行うということは、身の危険を伴うことなのです。そうした心配をする必要のない私たち、カナダや日本の 人にとって、政治的な活動をすることで心配なことといえば、他人からどう思われるか、ということくらいではないでしょうか。政治的な活動の自由をもつ恵ま れた環境にいる私たちには、行動する責任があると思います」

「私たちは国籍は違っても、地球に住む仲間です。長い人類の歴史のなかで、同じ瞬間を生きてい るのです。私は、人々がみな健康でいられることを願っています。グリーンムーブメントは、地球という共同体に住む私たちにとって、進むべき道なのです」

メラニー・マレン

カナダ・オンタリオ州、ナイアガラ・フォールズ市出身
13歳のころから環境問題意識に目覚め、地元ナイアガラ地域で環境活動を開始する。
カナダ・ゲルフ大学では、環境エンジニアリング・プログラムで名誉学位とカナダ・エンジニアリング記念財団賞を受賞。
卒業後は、旧市街地区復興の「レトロなまちづくり」活動を展開などを展開。政府よりカナダ市民名誉賞、青少年功労賞を授与。
2007年にはカナダ緑の党(Green Party of Canada)のスポークスパーソンとしてオンタリオ緑の党の副代表に選出。

2009年12月7日(月)16:50

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