北海道の牧場が「牛ファースト」経営、家畜伝染病で決意

記事のポイント


  1. 北海道広尾町の鈴木牧場は、日本初「グラスフェッド認証」を取得した
  2. 「グラスフェッド」とは、反芻動物を牧草のみで育てる方法だ
  3. 「牛ファースト」の酪農経営で、牛の健康増進とコスト削減を実現した

北海道広尾町の鈴木牧場は2023年6月、日本で初めて「グラスフェッド認証」を取得し、12月8日にオーガニック牛乳を発売する。「グラスフェッド」とは、牛・羊・ヤギなどの反芻動物を牧草のみで育てる方法だ。「牛ファースト」の酪農を目指した鈴木牧場は、餌、土壌、飼育方法を変えたことで、牛の疾病や飼料等のコストがなくなり、牛も酪農家ものびやかに暮らせるようになったという。(オルタナ編集部・北村佳代子)

北海道広尾町の鈴木牧場は、牧草のみで牛を飼育する

■家畜伝染病は「人災」、「牛ファースト」経営を決意

鈴木牧場が、前例のない「グラスフェッド認証」取得に挑戦し続けた背景には、過去に体験したつらい思いと反省がある。2008年と2010年、家畜伝染病で何十頭もの牛の命が失われたのだ。

「保健所の見解は、野生動物からの感染だった。でも私は、配合飼料で牛を飼い、狭い牛舎の中に詰め込んで、ストレスで免疫力が下がった状態だったことに問題があると考えた。これは、『牛ファースト』で経営できていないことによる人災だととらえた」

鈴木敏文代表は、当時を振り返る。

日本では、家畜の飼育方法は、トウモロコシなどの穀物を飼料として畜舎で飼育する「グレインフェッド(grain-fed)」が主流だ。それに対し、放牧を基本として、牧草や干し草を飼料とする飼育方法を「グラスフェッド(grass-fed)」と呼ぶ。

自然環境で放牧されて育つ牛は餌を探して動き回り、その運動量の違いが、従来の飼育法で育つ牛より赤みの多い低脂肪な肉質となる。

ビーフやバターなど、「グラスフェッド」商品は輸入品を中心に流通していたが、2023年4月、オーガニック認定機構(福岡市)が日本グラスフェッド規格の認証制度を始めた。この「グラスフェッド認証」を国内で初めて取得したのが、北海道広尾町の鈴木牧場だ。

鈴木牧場の鈴木夫妻。
鈴木敏文代表(左)と獣医の鈴木なつきさん(右)

■近代化進めた先代と意見が対立

鈴木牧場も15年以上前にさかのぼると、先代が、牛1頭に対して配合飼料15キロのほか、ビタミン剤やミネラル材などのサプリを与えて育てる近代酪農を推進していた。

黒字経営ではあったものの、乳房炎の発症や分娩時の難産など、ほぼ毎日、家畜のトラブルで獣医が牧場に来る状態だったという。

「牛を健康に飼うには、より自然に近づけた飼育方法が良い」

そう考える鈴木敏文代表は、父親である先代と真っ向から意見が対立した。何度も思いを伝え、牧草に散布する化学肥料を3分の1減らし、もし収量が減れば元の方法に戻すことを条件に、まずは化学肥料の削減に着手した。

■化学肥料を減らしても収量は減らない

化学肥料を減らしても収量に変化はなかった。そこで牧草地への堆肥の還元を進めた。「化学肥料や農薬を散布した牧草にはえぐみがある。だから牛も、配合飼料なしでは牧草を食べない。負の循環だった」と鈴木代表は振り返る。

農薬の使用をやめ、地元・十勝の農家から出た規格外品も混ぜながら、空気と適量の水分で攪拌して堆肥を作った。微生物が活発にはたらく堆肥をもとに、土を肥やした。

「土壌の改良に約10年かかったが、牛の食べる量が増えると同時に、与える配合飼料が減っていった。牛の毛づやや顔つき、目の輝きも変わったし、糞尿のにおいもなく、好循環で良いことだらけだ」(鈴木代表)

■牛が健康になり医療費はほぼゼロに

「牧草は、太陽と水と空気さえあればどんどん成長する再生可能な資源だ。その牧草だけで牛を健康にし、おいしい牛乳を搾りたいと考え、オーガニック認証に加えグラスフェッド認証を取得したいと思った」と鈴木氏は振り返る。

グラスフェッドの牛から搾れる乳量は、1頭につき約20キロリットルと、一般的な乳量の3分の2程度だ。しかし、化学肥料、農薬、飼料代はゼロで、牛の疾病もなくなったため医療費もほぼゼロだという。

「売り上げは減っても、コストがほとんどないため利益の額は変わらない。酪農家にとっても、畑作業は牧草の収穫と堆肥への還元だけなので、時間的にも労力的にも負担が大幅に軽減された」(鈴木代表)

■グラスフェッドでホルモン剤不使用の牛乳を新発売

「精神的にも肉体的にも楽に経営ができているし、やればやるだけ牛がこたえてくれるので楽しく仕事ができる」

鈴木牧場は12月8日、有機牧草のグラスフェッドで飼育した牛から、搾りたて30分以内の生乳を低温殺菌した「十勝オーガニック牛乳」を発売する。ホルモン剤、ワクチン、駆虫剤、遺伝子組み換え飼料などは一切使用しておらず、おなかがゴロゴロなりにくい「A2ミルク」だ。

鈴木牧場は、グラスフェッド認証以外にも、2021年8月には生乳・牛肉・鶏卵の3つで有機認証を取得している。(参考記事 https://www.alterna.co.jp/41752/

「自然な形で酪農を営むことの価値を感じていただけるよう、見学・視察も喜んで受け入れている」という。

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

オルタナ副編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部。

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キーワード: #サステナビリティ

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