記事のポイント
- 気候変動によって、熱中症や感染症の拡大などの健康リスクが高まっている
- 子どもは、環境要因に左右されやすく、気候変動に脆弱だ
- 医師らは、気候変動を子どもの健康問題と捉え、一刻も早い対策を求める
気候変動によってすでに熱中症、感染症の拡大、食料不足がもたらす栄養不足、大気汚染などの健康リスクが高まっている。子どもの体は、大人に比べて環境変動に対する防御の仕組みが整っていないほか、成長・発達過程での環境要因がその後に大きく影響する。医師らは、気候変動を子どもの健康問題と捉え、一刻も早い気候変動対策の必要性を訴えた。(オルタナ副編集長=北村佳代子)
今月、東京医科歯科大学と長崎大学が、子どもの健康問題としての気候変動セミナー「ランセット・カウントダウン2023ジャパン・プレゼンテーション」を開催した。
「ランセット・カウントダウン」とは、世界的医学誌「ランセット」が主宰する、気候変動と健康に関する国際共同研究事業だ。世界52の研究機関・国連機関に所属する114名の科学者・医療従事者が専門知識を結集し、2023年版「ランセット・カウントダウン」レポートを作成した。
ランセット・カウントダウンは、「十分な気候変動対策が取られない場合、過去50年の公衆衛生の進歩を後戻りさせることになる」と警鐘を鳴らす。
長崎大学プラネタリーヘルス学環長の渡辺知保教授はセミナーの冒頭、「子どもは環境要因に左右されやすく、環境の変動に対して脆弱な部分がある。気候変動問題を子どもの健康問題として捉える機会としてほしい」と説明した。
■なぜ子どもは気候変動に脆弱なのか
東京医科歯科大学国際健康推進医学分野の藤原武男教授は、子どもが気候変動に脆弱な理由を説明する。一つには、代謝のメカニズムが未発達なため、体として対応しきれないことがある。また外での活動が多いことも理由の一つだ。
そのほか、例えば農薬への曝露は神経の発達に、遊びの機会損失は社会性の発達に影響するなど、成長に向けて感受性の高い時期(センシティブピリオド)の要因が、その後の将来にも長く影響するという。
また子ども自身は声を出せないため、政策決定者や学校・家族などの周りにいる大人の選択肢が子どもの健康を守る上では非常に重要だと説明した。
■気候変動が「子どもの健康を損なう」と答えた人は58%
国内の医師らが中心となって発足した「医師たちの気候変動啓発プロジェクト」は今秋、全国の20~40代の男女1200人を対象に、気候変動と健康被害の意識調査を行った。
アンケートの結果、世界平均気温が観測史上過去最高となったこの夏、「地球沸騰化時代の到来を実感した」と答えた人は71%に上った。その一方で、気候変動が「子どもの健康を損なう」と感じた人は58%程度にとどまった。
一般社団法人みどりのドクターズの佐々木隆史代表理事は、「気候変動が自分や子どもたちの健康問題と強く関連すると答えている方が、想定していたより少ない」と話す。
「子どもたちは、外で遊ぶことで多くの学びを得る。しかし、屋外では6月、10月の運動会でも熱中症が多発するように、外で遊べる期間は短くなっている」
「外では蚊にも刺され、日本での蚊の媒介による新たな感染症流行の危険性が高まっている。そして日本は、大気汚染による死者がこの20年でOECD加盟国最悪の1.3倍に増えている。子どもが安全に外で遊ぶことができる環境を脅かしている」とコメントした。
■気候変動による健康への影響は、感知しにくい
東京大学大学院医学系研究科・国際保健政策学の橋爪真弘教授は、「気候変動が確実に健康に影響することは、多くの研究からも明らかだ」とコメントする。
熱中症により毎年4万人以上が救急搬送されるが、直近5年間はその数が平均7万人に上がり、熱中症による死亡者数も、自然災害による死亡者数の5倍を上回る年平均1300人に上った。橋爪教授は、熱中症や熱波を「災害」として捉える認識が大切だと力説した。
その上で、熱中症や自然災害は、気候変動の影響として比較的理解されやすいが、より大きな影響は、人の目に見えづらく、感知しにくいリスクとして、広く薄く蓄積されていると警鐘を鳴らす。
気候変動により感染症の一つであるデング熱についても、病原体を媒介するヒトスジシマカ(やぶ蚊)の生息可能域の北限が、2015年には青森県にまで広がったと説明する。デング熱の病原体に感染した蚊でなければ、デング熱のアウトブレイクにはつながらないものの、生息可能域の拡大は流行の潜在的リスクの上昇を表す。
大気汚染は気温上昇によって毒性や濃度が増すと言われていることから、喘息や神経管疾患のリスクを高めることになる。また、災害の後などに、メンタルヘルスのリスクが高まることも軽視できないと説明した。
■適応能力を超える気候変動を想像することが大切
東京大学大気海洋研究所で気候変動メカニズムなどを研究する今田由紀子准教授は、「今年の暑さは気象学者から見ても異常な状態で、地球温暖化は確実に猛暑に影響していた」とコメントした。その上で、危険な暑さを前に最初に意識がいくのは、酷暑に子どもをさらさないようにしようという「適応」行動だったと振り返る。
「子どもを守ろうと思えば、まだ守れる段階にある。先進国にいるので対策ができてしまう環境にある。問題は、適応能力を超えるほどの気候変動に対しては想像ができていない点だ。そちらの想像力をどう搔き立てるかがポイントだ」
今田准教授は、気候変動への「適応」だけでなく、気候変動そのものを食い止める脱炭素に向けた行動の重要性を投げかけた。
長崎大学の渡辺教授は、「猛暑の時にはエアコンで守られているが、エアコンが排熱に結びついている。健康を守るための普段の行動自体が、新たな健康への影響の一つとなっている。虫、魚、植物に起きている変化も、いずれ我々の生活に降りかかってくる。想像力を使って考えてほしい」と力を込めた。
東京医科歯科大学国際健康推進医学分野で妊婦・子どもを中心に社会環境の健康影響の研究を進める藤原武男教授は、「気候変動は単に地球が熱くなるだけでない。暑すぎても寒すぎても早産のリスクが高まる。気候変動は胎児期から健康に影響を与えている」とコメントした。
■「現在起きている現象は、将来起こるかもしれない影響の初期症状」