記事のポイント
- 市民365人が国内ではじめて、気候変動を理由に人権救済申立てを行った
- オランダやドイツで、市民の訴訟が国の気候変動対策を前進させた例も
- 日本の申立人からも、水害や農作物の被害を訴える声が上がる
市民団体「気候訴訟ジャパン」は6月12日、365人の連盟人を集め日本弁護士連合会(日弁連)に人権救済申立てを行った。気候変動を理由にした申し立ては国内初だ。気候変動が人権侵害をもたらすとする訴訟は世界各地で起きており、オランダやドイツのように国の温室効果ガス削減目標の引き上げを実現させた例もある。今回申立てを行った連盟人からは水害や農作物の被害を訴える声も上がり、日本でも問題は顕在化している。(オルタナ副編集長・長濱慎)

■国内でもすで気候変動の被害を訴える声が
「気候訴訟ジャパン」は、気候変動と日本の司法の在り方に危機感を持った市民が2021年に立ち上げた。2022年11月から気候変動に関する人権救済申立ての連盟人を募り、このほど申立書を日弁連に提出した。
365人の連盟人には、気候科学者の江守正多氏、哲学研究者の永井玲衣氏、文筆家の四角大輔氏、佐久間裕美子氏、モデルで気候アクティビストの小野りりあん氏、多くの環境訴訟を手掛けてきた籠橋隆明弁護士らが名を連ねる。
「人権救済申立て」とは、日本国憲法が保障する生命身体の自由や安全、個人の基本的人権が侵害・毀損される恐れのある事態について、弁護士会が窓口となって勧告・改善を求める制度だ。今回は日本政府と裁判所が勧告先となる。気候訴訟ジャパンの日向そよさんは、申立ての経緯をこう話す。
「排出量削減などの具体的な政策はもちろん重要ですが、まずは気候変動に苦しむ人々がいることを認識してほしい。すでに日弁連は気候変動が生存と人権の問題であるとする宣言を出し、この問題に取り組む弁護士もいます。その背後には同じ思いの市民が多くいることを、政府や裁判所に伝えたいと思いました」
日向氏は、すでに日本国内でも気候変動による人権侵害が起きているとして、こう続ける。
「連盟人の中からは、近年激しさを増す風水害で家や家族を失った、農作物が育たなくなったり魚が獲れなくなったりした、熱中症に苦しめられているなど、切実な声が上がっています。このまま気候変動が悪化したら子どもを持つことはおろか、自分自身が生きられなくなるという声もあります。今回の連盟人の訴えはほんの一部で、実際にはもっと多くの人が被害を受けていると思います」

■市民の声を政策に反映する欧州と日本の落差とは
気候変動は熱波や洪水、干ばつなどの災害を引き起こし、グローバルサウスや女性、若者、マイノリティなど社会的に弱い立場の人々ほど受ける被害が大きい。その原因が人類の活動に起因することは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書も指摘するなど、国際的なコンセンサスになっている。
こうした背景から、気候変動に対応しないことは人権侵害に当たるとする訴訟が世界各地で起きている。代表的な例として、オランダのケースがある。2013年、環境NGOの「アージェンダ」が同国政府に対して、温室効果ガス排出量の削減目標引き上げなどを求めて提訴した。
オランダ最高裁は2019年12月、「気候変動による深刻な影響は、全てのオランダ国民(特に若い世代)にとって切迫した人権侵害である」と認め、政府に削減目標の引き上げを命じた。現在、オランダ政府は1990年比で2030年までに49%、50年までに95%の削減目標を掲げている。
ドイツでは、若者グループの「フライデーズ・フォー・フューチャー」が、政府の不十分な気候危機政策が、憲法に保障された次世代の基本的権利を侵害していると訴えた。ドイツ連邦憲法裁判所は2021年3月、訴えを一部違憲と認めた。
この1週間後、ドイツ政府は温室効果ガス実質ゼロの目標年を2050年から45年へ前倒しすることや、30年までの削減目標を引き上げるなどの方針を発表。判決から2週間後には「連邦気候保護法」の改正案を閣議決定し、31年以降の削減目標を新たに定めた。
直近では2024年4月、欧州人権裁判所がスイスの女性グループの訴えを認めた。女性たちは「スイス政府の不十分な気候変動対策によって、健康や生活に被害が出ている」と訴えていた。裁判所はこれを、欧州人権条約8条(個人および家庭生活の尊重)が保護する健康、幸福感、生活の質の侵害と認めた。
一方で日本の司法においては、気候変動と人権侵害を関連づける考え方は一般的でない。これまでも健康や暮らしを脅かすとして、石炭火力や原子力発電の運転差し止めを求める訴訟が各地で起こされた。しかし、原告の敗訴に終ったケースも多い。日向氏は、問題点をこう指摘する。
「気候変動と具体的な被害の因果関係が十分に認識されず、原告適格(原告になる資格があること)さえ認められず門前払いにされるケースや、気候変動はまだ未来の問題で民意が高まっていないという裁判官もいました。今回の申立てが、状況を変える一歩になればと思っています」