「ポストSDGs」に役立つ日本遺産制度と「ストーリー性」

記事のポイント


  1. 高尾山は霊山として信仰され、多様な遺産がありミシュラン三つ星で人気上昇
  2. 日本遺産はストーリー性重視で、地域の文化や産品、祭りを含むことが特徴だ
  3. 八王子市や京王電鉄も連携しポストSDGsへ経済・社会・環境の複合的解決へ

東京は現在、オーバー・ツーリズムの問題に直面しているが、同じ東京都でも少し足を延ばして高尾山を訪れる旅行者が増えている。特に、インバウンド旅行者が注目している。その理由の一つが、日本遺産「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」への選定である。(千葉商科大学客員教授/ESG/SDGsコンサルタント=笹谷秀光)

■「霊気満山 高尾山」とミシュラン

「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」のポイントは、「桑都の発展を支えた養蚕農家や絹商人が、高尾山を信仰し、大切に護ってきた」という歴史である。高尾山は古くから霊山として崇められてきた。豊かな自然に恵まれ、多くの動植物の“生命の力”に満ちたこの山を「霊気満山」と呼び、人々の祈りによってその自然と文化が現在に、そして未来に受け継がれている。

日本遺産の構成文化財としては、八王子城跡(国史跡 東京都八王子市)や八王子城跡御主殿出土品などの文化遺産に加え、火渡り祭や八王子の獅子舞、高尾山の動植物(ムササビやスギなど)も含まれる。また、八王子芸妓や桑都の銘酒も魅力の一つである。

高尾山は2007年に『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で最高ランクの三つ星を獲得し、その人気と知名度はさらに高まった。登山客数としては年間約300万人に上っている。ミシュランのレッドガイドはレストランやホテルを評価するガイドで、最高三つ星までの評価が付される。一方、グリーンガイドは観光地を対象にし、文化的、歴史的、自然的な見どころを星で評価する。

■世界遺産と日本遺産の違い

世界遺産登録や文化財指定は、いずれも登録・指定される文化財(文化遺産)の価値付けを行い、保護を担保することを主目的とする。

一方で日本遺産は、保護のみならず、地域に点在する遺産を「面」として活用し、かつ、海外の訪問者も含めた「ストーリー性」を重視している点に最大の特色がある。しかも構成要素には、文化財のみならず、農林水産物を含む地域の産品や祭りなども取り上げられている。

日本遺産のホームページによると、日本遺産事業の方向性は次の3つに集約されている。

⦁ 地域に点在する文化財の把握とストーリーによるパッケージ化
⦁ 地域全体としての一体的な整備・活用
⦁ 国内外への積極的かつ戦略的・効果的な発信

このほかに注目すべき日本遺産としては、最近、新幹線の延伸で話題の福井県では、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国若狭と鯖街道~」がある。

また、「近世日本の教育遺産群」(水戸藩校だった「旧弘道館」など、茨城、栃木、岡山、大分4県の旧教育施設で構成)、京都府「日本茶800年の歴史散歩」、四国4県「四国遍路~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化~」なども、共に学ぶ「ポストSDGs時代」にふさわしい選定である。

■八王子市や京王電鉄の取り組み

高尾山を訪れる魅力は、絹産業を基盤として発展し「桑都」と称された八王子市が主軸である。八王子市では、高尾山の自然保護区域の維持管理を積極的に行い、多様な生物種の保護とその生息環境の維持を図っている。これにより、生物多様性の保護というSDGsの目標15を具体的に支援している。

また、市は日本遺産のストーリーを前面に押し出し、教育プログラムや観光キャンペーンを通じて、文化遺産の価値を国内外に広く伝えている。これはSDGsの目標11のターゲット4(世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する)に貢献しており、八王子市の文化的な取り組みは地域全体の持続可能な発展に寄与している。

さらに、京王電鉄は高尾山と新宿を結ぶ重要な交通手段である。京王線を利用することで、新宿から高尾山口駅まで直接アクセスが可能であり、観光客や地元住民の移動を効率的に支援している。

SDGsを重視する京王電鉄は、地域の観光振興に不可欠な役割を果たしており、高尾山へのアクセス向上により、さらなる観光客の流入が期待されている。このような交通の利便性は、高尾山の観光地としての魅力を高め、経済的な恩恵を地域にもたらしている。

高尾山をアピールするグリーン色の京王電鉄の電車
高尾山をアピールするグリーン色の京王電鉄の電車

■ポストSDGsは複合的解決

日本遺産制度は、文化財を中心に、「面」でプラットフォームを形成する政策がパワーを発揮している。SDGsでは、環境関連のSDGsに加えて、次のターゲットが重要である。

8.9 2030年までに、雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業を促進するための政策を立案し実施する。

11.4 世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する。

さらに、ポストSDGsでは文化的側面の「質の高い学び」が重要であるので、次のターゲットも外せない。

4.7 2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。

コロナ禍を経て世界中の人々の価値観が変わり、観光でも体験を重視する傾向が強くなったインバウンドの旅行者に訴求するとともに、日本の魅力をわかりやすく説明するための異文化理解も深める必要がある。

このようにポストSDGsでは、官民連携による経済・社会・環境の複合的解決が一層重要なポイントとなる。

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笹谷 秀光(経営コンサルタント)

東京大学法学部卒。1977年農林省入省。2005年環境省大臣官房審議官、2006年農林水産省大臣官房審議官、2007年関東森林管理局長を経て、2008年退官。同年~2019年4月伊藤園で、取締役、常務執行役員等を歴任。2020年4月~24年3月千葉商科大学教授。博士(政策研究)。現在、千葉商科大学客員教授。著書『Q&A SDGs経営増補改訂最新版』(日本経済新聞出版社・2019年・2022年改訂)、『競争優位を実現するSDGs経営』(中央経済社・2023年)。 笹谷秀光公式サイトー発信型三方よし 執筆記事一覧

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キーワード: #SDGs

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