記事のポイント
- ポストSDGsには、環境配慮と食ロス削減を含む持続可能な食生活が必要
- 日本の和食はポストSDGsに適した健康的で持続可能な食文化だ
- ポストSDGs時代には、健康的な食選択を支援する食環境整備が不可欠
農林水産省での行政経験を積み、企業での実務を経た私は、現在SDGs研究所長として「ポストSDGs」時代に向けた取り組みを進めている。今、私が強く感じているのは、持続可能な未来を築くためには「食」の力が不可欠であるということである。この考えを深めるため、先日、食生態学の第一人者である武見ゆかり氏と対談を行った。(千葉商科大学客員教授/ESG/SDGsコンサルタント=笹谷秀光)
■武見ゆかり氏の専門性と持続可能な食生活への取り組み
SDGs研究所は持続可能な社会づくりを目指す企業コンソーシアムである(シダックスグループをはじめ、現在、会員数35社)。質の高い学びを提供する「SDGsユニバーシティ」を定期的に開催している(経済産業省、農林水産省、外務省、渋谷区が後援)。その所長として、武見ゆかり氏と食と栄養をテーマに対談した。
武見ゆかり氏は、女子栄養大学の副学長・教授として、栄養学の実践的な研究分野で広く知られている。彼女は持続可能な食生活と栄養に関する食環境整備などの研究と教育活動を国内外で行い、その功績は高く評価されている。彼女の研究室の特徴は、食が人間の健康だけでなく、社会環境や地球環境との関連について深く掘り下げている点にある。
今回の対談で私が特に印象深かったのは、彼女の「持続可能な食生活がいかにして地球と人間の両方にとって重要であるか」という視点だった。武見氏は、座長を務めた農林水産省のワーキンググループの報告書で示した持続可能な食生活を実現するために「4つのポイント」を説明した。
第一に、温室効果ガスの排出削減と生態系・生物多様性への配慮を求め、環境に優しい食品選びが重要であると述べる。
第二に、地産地消や旬産旬消を推進し、地域の農産物を選ぶことで、輸送による環境負荷を減らし、地域経済を支えることができると説明している。
第三に、省エネや省資源を意識した食品選択と調理の重要性を挙げ、持続可能な食習慣を奨励している。
さらに、食品ロスの削減について、必要な分だけ購入し、適切に使い切ることの重要性を訴え、これが無駄をなくし、持続可能な社会の実現につながると強調する。
これらのポイントは、日常生活で簡単に取り入れられる持続可能な行動として、私たち一人ひとりに実践を促している。
■日本の食文化の持続可能性とその再評価
武見氏との対談を通じて、私は日本の食文化の持続可能性についても再評価する必要があると感じた。武見氏は、日本の伝統的な和食が持つ健康価値と環境への優しさを高く評価している。
和食は「一汁三菜」というバランスの取れた構成を持ち、少量の肉や魚、豊富な野菜と穀物を組み合わせた健康的な食事モデルである。このモデルは、主食・主菜・副菜を組合せた食事パターンとして健康の面から推奨されているが、今後は環境の面から、持続可能な社会の実現に向けた食事パターンとして検討が必要とのことであった。
さらに、武見氏は、現在の日本の食生活における課題にも触れている。日本を含む東アジアでは、食塩の過剰摂取の課題が最も大きく、次いで全粒穀物の不足、果物や野菜の摂取量の少なさが不健康な食事による死亡率の増加に寄与しているという。これらの問題を解決するためには、旬の野菜や地元産の食材を積極的に取り入れ、食塩摂取を抑えるための調理法の普及が必要だと述べている。
彼女の提言は、伝統的な食文化を尊重しつつも、現代のニーズに合わせて進化させることの重要性を示している。私自身も、農林水産省での経験を通じて、日本の食文化が持続可能な未来に向けて非常に大きなポテンシャルを持っていることを再認識した。
■ポストSDGs時代に向けた「食環境」の重要性
対談の中で、武見氏はポストSDGs時代に向けた具体的なアクションについても語ってくれた。彼女は、食と栄養が持続可能な未来を築くための鍵であり、そのためには具体的な取り組みが不可欠であると強調している。
例えば、川越市保健所が主導した減塩プロジェクトは、職域における成功事例として注目できる。このプロジェクトでは、地域の保健所と事業所、大学が連携し、社員食堂のメニュー全体の減塩化が従業員の健康改善に寄与している。従業員の血圧改善や減塩意識の向上が確認されており、他の地域や事業所でも再現可能なモデルケースである。
このような取り組みを全国に広げることで、持続可能な未来に向けた食と栄養の力を最大限に発揮することが期待されている。
また、武見氏は、日本の健康と栄養政策における「食環境」の重要性についても強調している。食環境とは、食物へのアクセスとその情報へのアクセスを一体として考える概念であり、消費者が健康的な選択をするための支援システムである。
彼女は、食物の生産から消費までの各段階で、健康的な選択を促す環境の整備が不可欠であると述べる。また、正確で有用な情報を提供し、持続可能で健康的な食物提供システムを構築することで、消費者がより良い選択をできるよう支援する必要性を訴える。
こうした政策的アプローチは、国全体の健康増進に直結するものであり、産官学連携による食環境づくりが健康な社会を築く基盤となると強調している。
■ポストSDGsの視点から見る「食と栄養」の重要性
今回の対談を通じて、私は改めて「食と栄養」の重要性を再認識した。持続可能な社会の実現には、食と栄養が極めて重要な要素である。特に、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」に関連して、持続可能な食生活が個人の健康増進と疾病予防に大きく寄与することが明らかになった。
さらに、SDGs目標12「つくる責任、つかう責任」にも深く関連しており、食材の選択や消費において環境負荷を考慮した行動が、持続可能な消費と生産を促進することが強調されている。そして、SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に照らして、地域社会や異なるセクター間での連携が、持続可能な食環境の整備において不可欠であることが示された。
今後も、SDGsユニバーシティを中心に、多様な視点から持続可能な未来の構築に向けた取り組みが加速されることを期待している。武見氏のような専門家の知見を活かし、持続可能な食生活と栄養の重要性を再認識し、その実現に向けて具体的な行動を起こすことが、ポストSDGs時代における私たちの大きな課題であり、使命である。
持続可能な未来を拓くために、食の力を最大限に活用し、次の世代に向けた持続可能な社会を築いていきたいと強く感じている。