電力市場: 公正な市場なくして公正な資本主義はあり得ない

記事のポイント


  1. 電力・ガス取引監視等委員会がこのほど、JERAに業務改善勧告を出した
  2. それによると、JERAは2023年までの5年間で市場操作を行った
  3. このため電力スポット市場は急騰し、新電力100社以上が倒産・撤退した

電力・ガス取引監視等委員会は2024年11月12日、日本最大の発電事業者JERAが、卸電力取引所のスポット市場において、市場相場を変動させる認識を持ちながら、余剰電力の一部を供出していなかったとして、同社に業務改善勧告を出した。これは相場操縦の一種であり、資本主義を根本から覆しかねない事案であった。(オルタナ編集長・森 摂)

横須賀火力発電所2号機(JERAのリリースから)
損害を受けた新電力会社や消費者から、JERAを相手取った集団訴訟が起きる可能性もある(写真は横須賀火力発電所2号機)

■株式の相場操縦で証券会社の副社長を逮捕

株式市場にしろ、電力の卸売取引所(JEPX)にしろ、あるいは商品や穀物などの先物取引市場にしろ、資本主義における「市場」には、厳格なルールを課している。最も有名な罪名は「相場操縦」であり、「インサイダー取引」もよく知られているだろう。

特に相場操縦では、2022年3月、東京地検特捜部が、相場操縦行為の疑いで、SMBC日興証券の副社長(当時)らを金融商品取引法違反の容疑で逮捕した。大手証券会社の幹部が逮捕されるのは極めて異例だ。

相場操縦が罷(まか)り通ると、他の投資家に損害を与えるだけでなく、その市場は信頼を失い、市場参加者がいなくなってしまう。だからこそ、厳格過ぎるほどのルールを決め、証券市場であれば、証券監視委員会(SEC)や東京地検などが厳しく目を光らせるのだ。

さらには、株式市場であれば、大きく値を上げたり値を下げたりした場合には、「ストップ高」「ストップ安」となって、その日の取引を停止する仕組みもある。ルールを厳格にするからこそ、投資マネーが集まってくるからだ。

■取引価格が最大1kWh当たり50円以上値上がり

こうした市場参加者からの信頼を裏切る行為が、日本卸電力取引所(JEPX)で起きてしまった。

「JERAは、いわゆる『翌日市場(スポット市場)』において、市場相場を変動させる認識を持ちながらも、停止する発電ユニットの余剰電力の一部を供出していなかった」(NPOなど市民団体による共同抗議声明から引用=全文は本稿の後半部分に掲載)。

これにより、「最も影響が大きい時では取引価格が1kWh当たり、50円以上値上がりした可能性がある」と指摘された(同声明)。こうした手法が罷り通れば、市場の信頼性が大きく毀損される。当然、中小の電力会社や、消費者にも大きな経済損失を与えたことになる。

■新電力会社706社のうち、119社が「撤退」「倒産・廃業」

帝国データバンクの調査(2024年3月)によると、2021年4月7日時点で登録のあった「新電力会社」(登録小売電気事業者)706社のうち、2024年3月22日時点で「撤退」「倒産・廃業」が判明したのは累計119社(構成比16.9%)に達した。

1年前(2023年3月時点)の83社(同11.8%)から36社(43.4%)増加し、2年前(2022年3月時点17社)の7倍に急増した。それだけでなく、支払い負担増で約4割の企業が料金値上げを迫られた。

ある大手新電力会社の元幹部は、「当時だけで十数億円の赤字を被った。その悔しさと混乱の日々は今でも忘れられない」と振り返る。

「JERAは、この原因について『システムの設定不備』だとするが、実際には2019年4月には社員による指摘があり、遅くとも2022年2月には未供出状態であることを認識していた。それにもかかわらず、市場優位性を持つJERAは、この問題を長期間にわたり放置した」(共同抗議声明から)

■日本卸電力取引所(JEPX)の監視機能が働いていない

もちろん、その責任はJERAだけのものでもない。「今回、(遅ればせながら)業務改善命令を出した電力・ガス取引監視等委員会のほか、市場を運営する日本卸電力取引所(JEPX)の監視機能が働いていないことも問題である」(同声明)。

筆者も2020年当時、電力卸売価格の急騰について、JEPXの広報担当部長に電話取材をしたことがあった。同部長は「何が悪いのか分かりません」「法律に則って運営しています」とけんもほろろの対応だった。

今回の業務改善勧告は遅きに失した面もあるが、電力業界にとっては、大きな転機になろう。これにより、損害を受けた新電力会社や消費者から、JERAを相手取った集団訴訟が起きる可能性もある。今後の展開を注視していきたい。

          ◆

NPO法人 気候ネットワーク、NPO法人原子力資料情報室、原子力市民委員会、国際環境NGO FoE Japanによる共同抗議声明(2024年11月15日付け)は次の通り。(小見出しはオルタナ編集部による)

【共同抗議声明】JERAの電力市場の市場操作に対する業務改善勧告を受けて
ーJERAは電力価格を吊り上げ消費者や新電力事業者に甚大な不利益をもたらした

https://foejapan.org/issue/20241115/21281/

■「余剰電力」は市場に流通させるルールを無視

電力・ガス取引監視等委員会は11月12日、日本最大の発電事業者「JERA」が卸電力取引所が開設する翌日市場(スポット市場)において、市場相場を変動させる認識を持ちながらも、停止する発電ユニットの余剰電力の一部を供出していなかったことについて、同社に対する業務改善勧告を行った。

国のガイドラインでは、大手電力会社に対し、需要を超えて発電した「余剰電力」が出た場合に、そのすべてを市場に流通させることが定められている。しかし、JERAは設立当初の2019年4月から2023年10月までの間、余剰電力全量の市場供出を行っていなかった。これにより、最も影響が大きい時では取引価格が1kWh当たり、50円以上値上がりした可能性があると指摘されている。

■遅くとも2019年4月にはJERA社員が問題を指摘

JERAは、この原因について「システムの設定不備」だとするが、実際には2019年4月には社員による指摘があり、遅くとも2022年2月には未供出状態であることを認識していた。それにもかかわらず、市場優位性を持つJERAは、この問題を長期間にわたり放置した。この結果、電力市場に与えた影響は非常に深刻であり、JERAの責任は重い。相場操縦は、金融であれば課徴金などの罰則はもちろん、場合によっては刑事処分に値する。

■電力・ガス取引監視等委員会「問題行為は無かった」

とりわけ、2020年末から21年1月半ばに起きた未曽有の電力価格の高騰では、多数の新電力が経営危機に陥った。JERAはこの間にも電力価格の高騰で利益を得る一方、電力システム改革後に進んでいた新電力市場は価格高騰の度に淘汰されることにつながった。電力・ガス取引監視等委員会はこの価格高騰について検討会を7回開催し、「問題となる行為は確認されていない」こと確認した上でさまざまな結論を導いているが、この前提が覆ったことになる。

■電力高騰は、消費者にも甚大な不利益をもたらした

JERAは、自らの市場優位性を利用して意図的に価格操作を行った可能性を否定しているが、結果的にJERAの行動が電力市場の競争を歪め、電力システム改革以前の旧一般電気事業者による地域独占の圧倒的支配力を維持し続け、価格に影響力を持たない小規模の地域電力などの成長の機会を奪うことになった。さらに、電力価格の高騰は、消費者にも甚大な不利益をもたらした。この点について、政府はJERAが正当に余剰電力全量の市場供出を行っていた場合にどのような価格になっていたかをコマ(30分)単位で詳細に検証すべきである。

■「供給力不足」「電力不足」などとして火力発電を増強

日本において急激な電力価格の高騰が起きているにもかかわらず、電力・ガス取引監視等委員会が、本件を現在に至るまで放置してきた責任は大きい。この間、「供給力不足」「電力不足」などとして火力発電を増強するような政策が次々と創設されたり、原発の再稼働・新設が必要であるかのような方針が示されたりしている。これらは、電力価格高騰の分析や見極めを見誤ったことに一因する可能性もある。市場で圧倒的に優位な立場にある大手電力会社が同様のことを行っていた可能性もあるので、全電力会社に対する調査を徹底して行うべきである。

■関西電力に「新電力を市場から退出させる」との文書も

実際、電力・ガス取引監視等委員会は2023年6月に公表した「関西電力株式会社、中部電力ミライズ株式会社、中国電力株式会社、九州電力株式会社及び九電みらいエナジー株式会社に対する業務改善命令に係る報告書」で「関西電力が 2017 年 10 月に行った経営層が参加する会議に配布された資料において、『各社が(ベースも含めた)供給力の絞込みを行い、需給構造の適正化、ひいては市場価格の適正化を実現することが重要(これにより、固定費を持たず、インバランスに依存するような新電力を市場から退出させるとともに発電設備を有する我々の収益も一定程度改善することが期待)。』との文言が記載されており、この資料に基づく方針が承認されたことが認められた。」と事実認定している。最低でも、この方針に基づき関西電力はどのような行動を行ったのか、市場にどのような影響を与えたのかは詳しく検証されるべきである。

■「JEPXは誤発注を発見できなかった」

また、電力・ガス取引監視等委員会のみならず、市場を運営する日本卸電力取引所(JEPX)の監視機能が働いていないことも問題である。昨年12月にも、電力・ガス取引監視等委員会は関西電力に対して、複数回市場に誤発注を行い、コマによっては最大 30 円/kWh 程度約定価格(関西エリアプライス)を上昇させ、システムプライスについても最大 27 円/kWh 程度上昇させたとして、業務改善勧告を行っている。だが、JEPXは関西電力から報告を受けるのみで、誤発注を自ら発見することができていない。適切な監視能力の無い機関に市場を運営する資格はない。

■不正によって生じた収入の返還や罰金を科すべき

なお、こうした重大な問題が4年以上明らかにされず、今回、内部からの指摘によって明らかになったことは、特に注目されるべきである。電力ガス取引監視等委員会は、JERAに対して業務改善勧告を行っているが、勧告にとどまらず、不正によって生じた収入の返還や罰金を科すべきである。

今後、日本の電力市場において、公正な競争環境をつくり、大手電力会社が価格操作を行うような不当な状況が生まれないよう、徹底した調査と情報公開、さらに大手電力会社への規制強化、監視体制の強化を求める。

関連リンク

経済産業省「株式会社JERAに対する業務改善勧告を行いました」

JERA「スポット市場への未入札等に係る電力・ガス取引監視等委員会からの業務改善勧告の受領について」


■参考

電力価格高騰が問う日本の電力市場の存在意義

パワーシフトキャンペーン「(監視委から回答あり)電力市場価格高騰に対応を求めます」

電力・ガス取引監視等委員会 「関西電力株式会社、中部電力ミライズ株式会社、中国電力株 式会社、九州電力株式会社及び九電みらいエナジー株式会社 に対する業務改善命令に係る報告書」(PDF)

電力・ガス取引監視等委員会 「関西電力株式会社に対する業務改善勧告を行いました」 電力・ガス取引監視等委員会 制度設計専門会合 「2020 年度冬期スポット市場価格の高騰について」(PDF)

森 摂(オルタナ編集長)

森 摂(オルタナ編集長)

株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長 武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。大阪星光学院高校、東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員、一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。

執筆記事一覧
キーワード: #ESG
  1. Ryuji(Ron) TSUTSUI
    Ryuji(Ron) TSUTSUI
    2024/11/20 2:10

    ウクライナ危機や円安の影響だけでも電力料金高騰の要因として深刻な中、JERAの数年に及ぶこのような瑕疵により新電力が経営危機に追いやられ、生活者も負担増になっていたとすれば、過失であっても責任追及は免れないと思います。余剰供給力の未申請は独占的地位にあるガリバー企業の価格操作そのもの。不正に得た利益の返還のみならず、経営者の責任追及がなされるべきと思います。

+もっと見る

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..