記事のポイント
- 日本の排出削減目標を決める会合では、脱炭素化対策のコストに関する議論が出た
- 一方で、十分な対策を取らなかった場合のコストについての議論も必要と指摘が出た
- 気候変動の影響によって、すでに日本で確認されている被害や影響をまとめた
日本の気候変動対策として国連に提出する国別排出削減目標(NDC)について、12月19~20日とに開かれた会合では、「1.5℃目標に整合」することを共通認識としながらも、「限界削減費用」などの脱炭素化に向けた対策コストの議論が出た。一部の委員は、対策に必要なコストだけでなく、十分な対策を取らなかった場合の被害や損失についても議論を深める必要性を指摘した。気候変動によって日本はどれだけの影響を受けているのか。2024年に明らかになった被害や影響をまとめた。(オルタナ副編集長=北村佳代子)

■自然災害の激甚化・頻発化
日本列島は2024年もまた記録的な高温、甚大な台風や豪雨被害に見舞われた。
異常気象などの個々の自然災害に対し、地球温暖化がどれだけその事象に影響しているかを定量的に分析する「イベント・アトリビューション」の研究が進む。異常気象の発生から、分析結果が出てくるまでのタイムスパンもどんどん短くなってきた。
■7月の記録的な高温は、地球温暖化がなければ発生しなかった
7 月は、気象庁が統計を開始して以来、記録的な高温となった。7月下旬には山形県・秋田県を中心に豪雨災害が発生し、一部地域では線状降水帯が発生した。
7月の記録的な高温は、地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合はほぼ発生しえなかったと文科省は9月に見解を示した。また、7 月下旬の日本海側の大雨は、地球温暖化の影響で総雨量(48 時間積算雨量)が 20 %以上増加したことも明らかにした。
文科省による発表はこちら
■台風10号の経済損失の54%は気候変動による影響
8月から9月にかけて発生した台風 10 号(国際名:サンサン)は、死者8人、負傷者128人を出し、2379 棟の家に被害をもたらしたと内閣府は発表(9月4日時点)する。
気候変動と環境問題の世界的権威である英インペリアル・カレッジ・ロンドンのグランサム研究所は9月、サンサンのような規模の台風が上陸する可能性は、産業革命以前と比較して約 36 %高くなっていること、そして上陸時の最大風速は同比較で7.6 %強まったことを明らかにした。
同研究所は、家屋や建物への被害といった経済的損失の約54 %が気候変動によるものだと推定した。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの発表内容(英語)はこちら
■9月の能登豪雨も温暖化の影響
9 月に能登で発生した豪雨は、石川県の発表(12月10日時点)によると、死者15人、住宅被害1804 棟の甚大な被害を出した。
文科省は12月、イベント・アトリビューションに基づく分析結果として、特に雨が多かった時間帯では、地球温暖化の影響によりピーク時の9時間積算雨量が15%程度増加したと公表した。
文科省の発表内容はこちら
■気候変動が緩和されないとコメの収量低下で経済損失も拡大へ
十分な気候政策を講じなかった場合の影響は、産業にも悪影響をもたらす。
世界的医学誌「ランセット」が主宰する「ランセット・カウントダウン」の最新レポートで、2023 年には暑熱への曝露が、日本でのべ約22億時間の労働時間を奪ったことは既報の通りだ。労働能力の低下に伴う潜在的な収入の損失は、約375 億米ドル(約5.6兆円)に上った。
参考記事:熱中症による高齢の死亡者数、2023年は90年代の3倍近くに
さまざまな産業が影響を受ける中、気候変動の影響を最も直接的に受けるのが第一次産業だ。
福島大学共生システム理工学類は10月、東京大学と拓殖大学との共同研究として、東北と九州のコメの生産額が気候変動で受けうる影響を日本農業気象学会の学会誌に発表した。
それによると、気候変動が緩和されない場合には、コメの経済損失が拡大し、その頻度も高まるおそれがあるという。仮に産業革命前から4℃上昇した場合、1℃の気温上昇で、コメの収量低下による経済損失額は、東北で70億円、九州で120 億円に上るという。
農林水産省が2024年9月に発表した「令和5年地球温暖化影響レポート」では、2023年、高温によって米粒が白濁化する白未熟粒が、北日本・東日本では約5割、西日本では約4割で見られた。味が落ちる白未熟粒が増えると、コメの等級が下がることから農家の収入減につながる。
福島大学の発表はこちら
農林水産省の「令和5年地球温暖化影響レポート」はこちら
■リンゴ、ぶどう、うんしゅうみかん、トマト、イチゴも
コメだけではない。農林水産省の同レポートは、地球温暖化が果物や畜産に与える影響も示す。
具体的には、リンゴでは着色不良・着色遅延による影響が北・東日本では3割程度で見られた。ぶどうでは着色不良・着色遅延による影響が西日本では3割程度で見られた。うんしゅうみかんでは、日焼け果の発生による影響が西日本では4割程度で見られた。
トマトでは収穫期の高温による着花・着果不良の発生による影響が全国で4割程度、東・西日本で4割程度見られた。いちごは、花芽分化期の高温により、花芽分化が遅れた影響が全国で4割程度、西日本では5割程度で見られた。
乳用牛においても、高温により乳量・乳成分の低下や、繁殖成績の低下による栄養が全国で1割程度見られた。
■熱中症に加え、喘息、川崎病のリスクも上昇する
不十分な気候対策は、私たちの健康リスクを高めることになる。
今年5月から9月の熱中症による救急搬送人員は、総務省統計によると9万7578人と、調査開始以来、過去最高となった。
この数値は、2022年の同時期が7万1029人、2023年の同時期が9万1467人と、過去3年間で年々上昇傾向にある。
また東京科学大学は12月17日、2011年から2019年の喘息による入院データを解析し、暑さにさらされることで、喘息による入院リスクが高まるとの見解を示した。また、特に14歳以下の子どもにおいて、その影響が顕著であることも明らかにした。
東京科学大学は11月には、暑さによって子どもの川崎病リスクが高まることも発表した。川崎病は、先進国で最も多い子どもの後天性心疾患であり、日本はその罹患率が世界一だと報告されている。
川崎病の原因はまだ完全に解明されていないものの、2011年から2022年までの入院データの解析で、子どもが暑さにさらされることと川崎病のリスクとが関連していることが示された。
東京科学大学の発表はこちら(喘息)とこちら(川崎病リスク)