記事のポイント
- 世界的医学誌「ランセット」が気候変動と健康に関する最新レポートを発行した
- 2023年に熱中症で死亡した高齢者数は、90年代の2.67倍に増えた
- 熱波で労働可能時間も縮小し、経済損失は約128兆円に上ると試算した
世界で2023年に熱中症で死亡した65歳以上の高齢者数は、1990年代から3倍近くに増えた。世界的医学誌「ランセット」が10月30日、気候変動と健康に関する最新報告書「ランセット・カウントダウン2024」の中で明らかにした。熱波によって労働可能時間も縮小し、その経済損失は8350億ドル(約128兆円)と試算した。(オルタナ副編集長=北村佳代子)
報告書は、2023年の熱中症による死亡者数、食料不安、感染症の蔓延などが記録的な水準に達し、健康上の脅威に直面していると警鐘を鳴らす。
「ランセット・カウントダウン」は、気候変動に対する世界の対応が健康に与える影響をモニタリングすることを目的に、2015年のパリ協定の発効と同時にスタートした共同研究だ。今年の「ランセット・カウントダウン2024」は、世界中の57の学術機関および国連機関に所属する122名の研究者、医療専門家、実務家らの専門知識をもとにまとめた。
報告書は冒頭、「2015年のパリ協定に抱いた当初の期待とは裏腹に、世界は今、平均気温上昇を1.5℃に抑えるという目標を達成できなくなる寸前まで迫っている」と現在の危機的な状況を訴える。
2023年には、年平均地上気温が産業革命以前のベースラインを1.45℃上回る過去最高を記録した。2024年には、さらに新たな最高気温を記録した。世界中で異常気象による被害も拡大し、人命や生活基盤が脅かされている。
報告書は、「気候変動対策を怠ったことによって健康上の脅威が差し迫って」おり、「過去8年間で最も懸念すべき結果だ」と厳しいトーンでまとめた。
■「気候危機は健康危機」
報告書によると、2023年に熱中症で亡くなった65歳以上の高齢者の数は、1990年代と比較して167%増えた。世界人口が高齢化することで、気候変動の影響がなくてもこの数は65%ほど増えると見られていたが、2023年の熱波で急拡大した。
屋外での身体活動に従事する人々が、中程度以上の熱ストレスのリスクにさらされた時間は、2023年は90年代平均より27.7%増と、過去最高となった。
高温により睡眠の質も低下した。2023年は、世界中の人々の睡眠が、1986年以降の20年間の平均に比べ、6%以上奪われた。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、この内容を受け、「気候危機は健康危機だ」と訴える。
「地球温暖化によって、気候関連災害の頻度と激しさが増し、影響を受けない地域はどこにもない。気候変動が遠い将来の脅威ではなく、健康に対する差し迫ったリスクであることを明確に示している」(テドロス事務局長)
■気候変動による労働生産性への悪影響も明らかに
異常気象や気候変動は労働生産性にも影響を及ぼしている。
2023年は、暑熱への曝露により、世界でのべ5120億時間の労働可能時間が失われた。このことによる経済損失は、8350億ドル(約128兆円)に上ると報告書は試算する。
地球環境に配慮した医療を提唱する医師たちが発足した「みどりのドクターズ」の佐々木隆史代表理事は、最新報告書の内容を受け、「科学者の想定を上回るスピードで気候変動の被害が広がっている」とオルタナに語る。
「日本では2023年、熱波によって、働ける時間がのべ22億時間縮小した。これは前年から6億時間増えた。化石燃料を中心とする大気汚染で年間8000人が亡くなった」(佐々木代表理事)
「報告書は、このような状況下でも十分な対策が打てていない現状に対し、ヘルスケア業界の従事者が市民や政策立案者を巻き込んで行動することが緊急に必要だと述べている」(同)
「先の衆議院選挙での国民の関心事は、経済対策・社会保障対策が上位に入り、環境対策は下位だった。しかし気候変動対策は、もはや経済対策であり社会保障対策でもある」(同)
■食糧不安や感染症の蔓延も
■「プラネタリーヘルスの時代」に