記事のポイント
- 日本の平均気温は観測史上最高を更新し、各地で記録的な暑さとなった
- 農作業中の死亡事故や、学校現場での熱中症搬送が相次ぐ
- 気候変動は、「人権課題」としての側面も帯びてきた
連載:企業と人権、その先へ(16)
6月の平均気温は観測史上最高を更新し、日本各地で記録的な暑さとなった。農作業中の死亡事故や、学校現場での熱中症搬送が相次ぐなど、気候変動が人々の健康や命に与える影響は深刻さを増している。いまや気候変動は、「人権課題」としての側面も帯びてきた。気候変動と人権について、「ビジネスと人権」の専門家である佐藤暁子弁護士に寄稿してもらった。
今年6月は、全国で過去最高を上回る平均気温を記録し、もはや「最高気温35度」という予報を聞いても驚かなくなった。しかし、畑や農作業用ビニールハウスでの高齢者の死亡事故や、校庭で体育の授業を受けていた小学生が熱中症と見られる症状で病院に搬送されるなど、健康への影響は深刻である。
また、屋内でも適切に冷房を使わなければ容易に熱中症になりうるが、電気料金の高騰がそれを悪化させる要因にもなっている。そのほか、線状降水帯やいわゆるゲリラ豪雨による水害も後をたたず、日々の生活や生計への損害も甚大である。
もちろん、その影響は国内にとどまらず、例えば2022年にパキスタンで起きた水害では、国土の3分の1が水没し、ヨーロッパの熱中症による死亡者は今年すでに2300人以上と報じられている。アフリカや中東では、紛争の影響と相まって食糧危機が拡大し、つい先日も韓国やアメリカで洪水による死亡者が出るなど、気候変動がもたらす影響を見聞きしない日はない。
今まさに、気候変動が「人権」を脅かしていることを、私たちは改めて認識することが必要だ。生命、健康、食糧といった人権への影響はもちろん、例えば水害によって仮設住宅での生活を余儀なくされている人たちは住居の権利が制限されており、そこで子どもや女性の権利保障が十分ではない可能性もある。気候変動に起因する自然現象が社会にもたらしている負の影響こそが人権問題であり、企業が負う責任もそこに由来する。
企業は、まず、気候変動の影響を「緩和」させるための取り組み、つまり、脱炭素化に向けて、化石燃料などCO2排出量の多い産業構造からの転換などが求められている。さらに、気候変動による影響を軽減する「適応」も企業の責任である。今年6月1日から職場における熱中症対策が法律で義務化されたが、そのほか自然災害対策や供給地域の変更といったことが、適応策として挙げられる。
ここで、ビジネスと人権の実践において重要なキーワードの一つである「経営リスク」と「人権(侵害)リスク」の違いが関連してくる。緩和策や適応策は、例えば投資家や取引先からの要求、自社の企業価値の向上といった「経営リスク」がきっかけで導入されることが多い。しかし、国連ビジネスと人権に関する指導原則の実践では人権リスク、つまり「誰の」「どんな」権利に影響するかという視点が中心となる。人権リスクの観点をふまえると、気候変動対策も、労働者や地域コミュニティの人権のための取り組みとしてさらに深めることができる。
さらに、「緩和」のために再生可能エネルギーに移行する過程で先住民の土地の権利を侵害したり、「適応」として環境変化に影響を受けない取引先に変更することで既存の労働者が職を失うリスクもあるなど、移行プロセスで生じうる人権侵害リスクを考えることも重要だ。これが「公正な移行(ジャスト・トランジション)」の考え方である。
誰しもがその影響を実感する人権課題の一つが気候変動であり、人権の視点を埋め込むことは施策の実効性を高める鍵となる。