これはアクリルシリコンにガラス繊維を分散混合して強化したもので、ペースト状なのでローラーで簡単に塗れます。レンガを並べておいて、これをコーティングで塗って補強すると大人2人が上に乗ってもびくともしないというくらい堅牢になります。ハイテクでもなんでもありません。ただ、ガラスの混合が難しいのです。日本にこんなものがあったのか。まさに目からウロコです。これまでのやり方は、レンガを積んで、間に砂(細骨材)とセメントと水をまぜた建築材料モルタルを埋め込む手法が普及しているのですが、これとは比較にならないくらいの強度です。組積造りの建物が多く、地震被害に悩んでいる国にとっては大変な朗報です。
ビジネス化を考えていた鈴木さんに、有能なパートナーが現れます。東京大学生産技術研究所目黒公郎研究室(都市震災軽減工学)の山本憲二郎特任助教です。いっしょに2013年、組積造り住宅を対象に耐震補強の方法を開発するプロジェクトを立ち上げます。東大で模型を使っての耐震実験では、無補強の建物が震度4で構造的に大きなダメージを受け、震度5で崩壊したのに対し、コーティングで補強した建物は、5弱ではほとんどダメージなく、5強で構造的に中程度のダメージがあっただけでした。震度6弱~7で構造的にダメージあるものの崩壊はしない。さらに震度7になっても最初は崩壊せず、2回目も耐え、3回目でようやく崩壊しました。コーティングをすると、構造が変形しながらもしなやかに耐え、簡単には崩れないという効果がはっきり確認できました。
2019年4月にAsterを設立します。鈴木さんはこう語ります。
「地震の犠牲者ゼロを目指して世界市場へ出ていきたいと思っています。無理だという批判もあるし、もっと金もうけに徹するべきだとアドバイスしてくれる人もいますが、われわれのスタンスは違います」
鈴木さんは、ライバルのことではなく顧客のことを念頭に経営を行った大和運輸の小倉昌男氏(1924-2005)を尊敬しているそうです。小倉氏はクロネコヤマトの生みの親でありヤマト福祉財団の理事長でした。障害者の自立のための職場、スワンベーカリーを設立したことでも知られます。この小倉イズムがお手本なのです。
将来的に、大きなマーケットとしてはインドやインドネシアを視野に置いていますが、その足掛かりとしてまずネパール、フィリピン、台湾への進出を考えています。
世界を覆うコロナ禍で出鼻をくじかれた格好ですが、そんなことでめげてはいられません。ネパールでは無料で世界遺産の建物を補強するなどして今後に備えていますし、古い建物だけでなく、新築の物件にもチャレンジしています。フィリピンでも政府とパイロット試験の契約を締結するなど動き出しています。
世界に貢献できる技術、ノウハウが日本にはまだまだ存在します。いま一度、それを見直してみるいい機会だという視点からも、意味のあるAsterのチャレンジだと思います。
(完)