新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。経済成長の「病」やグローバル化の負の側面を指摘してきた文筆家の平川克美氏は、この状況をどうとらえているのか。寄稿してもらった。

「分業によって人間は高度な生産を達成することができる」「個人による利己心の追求が、公益を増加させる」。1776年に出版されたアダム・スミスの『国富論』は、この2つの言葉に要約されるだろう。

スミスが同書を書いた動機は、1600年の東インド会社によって始まった、遠洋航海による富の略取の時代の思想である重商主義を批判することにあった。重商主義の時代とは、列強王権による植民地からの富の略取の時代であり、王の意思が政治・経済を差配する時代であった。

これに対して、スミスは国民の労働力こそが、その国の富であり、労働力がそのパワーを十全に発揮できる場としての「市場」を発見した。「市場」とは、王の権力は及ばす、「神の見えざる手」だけが、調整力を持つ場であり、収奪ではなく交換によって個人と、国家に富をもたらす。

同じ1776年に記憶すべき2つの出来事があった。1つは米国の宗主国・英国からの独立であり、もう1つはジェイムズ・ワットが発明した蒸気機関の商用化である。つまり、この時を境にして、民主主義と自由主義経済が世界に拡大していったのである。

利己心が招いた格差と環境破壊

この文明史的な流れは、つい昨日まで私たちの政治・経済の重要な理念であり続けた。個人は自由に己の利己心を追求しても良い。そして、分業は世界の果てまで拡大し、人々は移動の自由のありがたみを謳歌したはずである。ただ、そこには当初は誰も予想もしていなかったような陥穽があった。

それは、貧富格差の拡大と自然環境の破壊である。社会と自然の環境破壊が我慢ならなくなるほどになったとき、新型コロナウイルスという感染症の流行が世界を襲った。そう考えても良いと思う。