全ての人に確実なインフォームド・コンセントを(前編)

急に体調が悪くなった時に、かかりつけの病院やクリニックに行く方は多いと思います。最近は、「ご不安なことはおたずねください」との掲示や、医療従事者からも「分からないところはありますか?」などの声がけが増えてきたように思います。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長=伊藤芳浩 )

患者・家族が病状や治療について十分に理解し、また、医療従事者も患者・家族の意向やさまざまな状況や説明内容をどのように受け止めたか、どのような医療を選択するか、患者・家族、医療従事者などが互いに情報共有し、皆で合意するプロセスである「インフォームド・コンセント」が浸透してきています。

その結果、患者はずいぶんと質問しやすくなり、情報を得やすくなりましたが、聞こえない・聞こえにくい人は、コミュニケーションに壁があり、情報入手が困難です。受診の際、ストレスを抱えたり、受診を止めてしまったりするケースさえあります。そのような現状を変えるためには、どうしたら良いのかを読者の皆さんと一緒に、2回に分けて考えていきたいと思います。

コロナ禍で確実なインフォームド・コンセントを実施するためには何が必要か

マスクが生む2つのコミュニケーションバリア

医療現場では、コロナ禍に伴い、マスク着用がスタンダードとなっています。マスク着用により、一般的には2つのコミュニケーションバリアが生じます。

1つ目には音声が聞きづらくなるということです。化粧品・医薬部外品メーカーのマンダムが、マスク着用に伴うコミュニケーション課題について調査した結果、「相手の声が聞きとりにくい」(46.9%)がトップになりました。

2つ目は、表情が読み取りづらく、感情も伝わりにくいといった課題が生じることです。マンダムの調査によると、「相手の表情が読み取りづらい」(36.4%)、「こちらの感情が伝わりにくい」(22.1%)といった課題が挙がっています。

音声が聞こえない・聞こえにくい人にとって、表情、特に口の形は日本手話の文法の一部であり、そこに阻害要因があることは、言語としての情報が欠落し、意思疎通に極めて致命的な状況が発生してしまうのです。

なお、2つ目の表情が読みづらく、感情も伝わりにくいといった課題を解決するには、透明マスクやフェイスシールドを使用する方法があります。しかし、2021年3月1日時点で国内において、サージカルマスクと同等の機能を持つ医療用透明マスクやフェイスシールドの存在は明らかになっていません(出典:「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」の調査報告書)。

理化学研究所・神戸大学・豊橋技術科学大学がスーパーコンピューター富岳を用いて透明マスク(マウスガード)やフェイスシールドの効果をシミュレーションした結果、吐き出し飛沫量は不織布マスクが約20%に抑えられるのに対し、フェイスシールドは約80%、マウスガードは約90%であることが分かっています。

また、吸い込み飛沫量は不織布マスクが約30%に抑えられるのに対し、フェイスシールドとマウスガードは、小さな飛沫には効果がない(エアロゾルは防げない)という結果でした。

このマウスガードは顔に密着しない形状なので、顔に密着する形状の透明マスクとの比較は困難ですが、フェイスシールドの効果を踏まえると、サージカルマスクと同等の機能は持ち合わせていないと思われ、その正確な効果については不明瞭だとしています。

インフォームド・コンセントを阻害するコミュニケーションバリア

では、医療従事者が聞こえない・聞こえにくい患者に対応する際の、コミュニケーションのバリアはどうなっているでしょうか。

これはコロナ以前の調査ですが、筑波大学の阿部忍さん(当時)が看護師500名を対象に実施した調査結果が参考になります。

聞こえない・聞こえにくい人に対応する際に、困ったと感じることについて尋ねると、「話や説明に時間がかかる」が最も多く66%(175名)でした。次いで「話が伝わったのか確認できない」が55%(148名)となりました(出典:「医療機関における聴覚障害者の手話通訳支援に関する研究」筑波大学:阿部忍)。

医療従事者と聞こえない・聞こえにくい人とのコミュニケーションのバリアを取り除き、確実な意思疎通を図るには、手話通訳の必要性が極めて高いと言えます。手話通訳を利用するためには、現在、主に3つの方法があります。

1.手話通訳の派遣

1つ目は、各自治体に登録されている手話通訳を派遣してもらう方法です。多くの地域では原則1週間前までに派遣依頼をする必要があります。このため、急病時には手話通訳の都合を調整することができず、派遣を断られる場合が多くあります。また、派遣依頼の手間などから、手話通訳を依頼せずに受診したり、受診せずに我慢してしまったりする例もあります。こういった理由も、聞こえない・聞こえにくい人の受療行動が抑制される要因の1つと考えられます。

2.「遠隔手話通訳サービス」の利用

2つ目は、新型コロナウィルス感染防止のため、少しずつ増えて来ている「遠隔手話通訳サービス」です。これは、スマートフォンやタブレット端末を介して、離れた場所にいる手話通訳者が聞き取った音声を手話に通訳するサービスです。しかし、次の3つの課題があります。

・デジタル・デバイド (インターネットやICT機器の恩恵を受ける人と受けない人の間の格差)が存在しており、普及のネックとなっている

・地方自治体のDX化が進まず福祉分野でのオンライン化に熱心ではない

・オンライン形式の手話通訳の経験がない、もしくは、訓練を受けていない手話通訳者が多いため、一部を除いて遠隔手話通訳ができるか懸念がある

ちなみに、遠隔手話通訳サービスだけの問題ではありませんが、病室にWi-Fiがないために、面会不可の方や長期入院の方、テレワークをする方が困っています。

日本の病院の81%がすでにWi-Fiを設置しているにもかかわらず、患者が使用できるようになっている病院はたったの27%程度です。

Wi-Fiに関しては、音声+映像のデータ通信の場合、1時間で0.6GBを消費するというデータ (Zoomの場合)があり、使用しているスマートフォンの契約プランのデータ量制限や経済的な問題もあります。携帯回線を使った通信は現実的ではなく、病院内に用意したWi-Fiを利用可能にすることが望ましいと考えます。

なお、入院生活でインターネットを通じて病室の孤独を克服した経験をされた、アナウンサーの笠井信輔さんは「#病室WiFi協議会」という団体を立ち上げ、病室のWi-Fi整備に支援を求める活動をされています。

3.病院内の手話通訳の活用

3つ目は、病院内に配置されている手話通訳を利用する方法です。こちらは、時間的制約が多い派遣による手話通訳とは違い、急な受診等への対応や、柔軟な対応ができるなどのメリットがあります。

病院内に手話通訳がいれば、聞こえない・聞こえにくい人や医師、看護師が直面する、コミュニケーションのバリアは解消しやすくなると思われるでしょう。しかし、ここにもまだまだ大きな課題があることが明らかになりました。病院内に配置されている手話通訳の詳細については、次回掲載いたします。

itou

伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

執筆記事一覧
キーワード: #障がい

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..