【連載】サステナビリティ経営戦略(10)

前回は、知財投資の面から日本企業の持続的なイノベーション創出を促す政府の取り組みについてご紹介しました。今般の改訂コーポレートガバナンス・コードと知的財産推進計画2021により、企業による知財投資戦略の開示が促進され、企業の経営戦略における知財投資・活用の重要性に対する経営者および取締役会の認識が高まる契機となることが期待されます。(遠藤 直見・サステナビリティ経営研究家)

知財を軸とする価値創造ストーリーが重要

ここで重要な点は、開示されるべき内容は、企業が保有している(特許を始めとする)知財の単純なリスト等ではなく、その企業が、どのような企業理念・パーパス(存在意義)に基づき、どのような長期ビジョンを描き、その実現のためにどのようなビジネスモデルと経営戦略の下、どのような知的財産(を中心とする無形資産)を、どのように活用してイノベーションを創出し、持続的な成長と中長期の企業価値向上に結びつけていくのかという「知財を軸とする価値創造ストーリー」です。

自社の「強み」(特許、技術、ノウハウ、ブランド・・)、その「強み」を含む現有の知財の配分と不足する知財の獲得、ビジネスモデルや戦略への影響等についても明らかにすることが重要です。

知財を軸とする価値創造ストーリーの開示にあたり、何より重要な点が、知財投資戦略が自社の経営戦略と連動した(整合性の取れた)ものとなっていることです。

そのためには、知財投資戦略が、経営者の参画の下、知財部門や研究開発部門のみならず経営企画部門、サステナビリティ部門他関連部門および事業部門が協働し、IPランドスケープ(*)等を活用した的確な情報分析と十分な議論に基づいて策定されることが必要になります。

GPIFが気候変動の技術的機会を特許データで分析

IPランドスケープは知的財産および研究開発やマーケティング等の各種情報を総合的に分析する取り組みですが、特許価値分析(特許データの定量分析)も比較可能性の観点から有効と思われます。

昨年、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、米金融サービス会社MSCIが開発した気候バリューアットリスク(CVaR:Climate Value-at-Risk)という手法で投資先企業の特許データを分析し、CO2排出削減に繋がる低炭素技術関連の特許を4つの統計的尺度(特許の引用数、市場カバレッジ等)に基づきスコアリングしました。

その結果、21世紀末までの気温上昇を産業革命前から1.5度に抑えるシナリオでは、GPIF保有の日本株(総じて低炭素技術関連の特許スコアが高い)は時価総額が43%増えるなど気候変動リスクが企業価値や株式価値に及ぼす影響についての試算が得られました。(詳細は「GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析」参照)

日本企業の持続的なイノベーション創出に向けて

今回のGPIFの取り組みは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言への対応として実施されたものですが、気候変動の技術的機会を特許データという知財情報により可視化した点が注目に値します。

今後日本企業が、気候変動を始めとするサステナビリティを巡る課題を含む自社のマテリアリティ(ビジネスモデルの持続性において重要な経営課題)の解決・実現への取り組みと成果をIPランドスケープや特許価値分析等も踏まえつつ「知財を軸とする価値創造ストーリー」として分かり易く開示していくことが重要です。

その結果として、ESG投資家等の長期投資家が高い関心を示し、対話・エンゲージメントをとおして選別した企業への積極的な資金提供に繋がっていく「知財投資・活用促進メカニズム」の構築が可能となるのではないでしょうか。

このような政府、企業、投資家等の三位一体の取り組みが日本企業の持続的なイノベーション創出に繋がっていくものと思います。

(*) IPランドスケープ(Intellectual Property Landscape)について国際的に確立した定義はないようですが、概ね「自社や他社の知的財産および研究開発やマーケティング等の各種情報を統合的に分析し、そこから得られた知見を経営戦略に役立てる取り組み」のことを意味します。一般的に、欧米と比べ国内での実践はまだ日が浅く、日経新聞等によれば2017年頃からブリヂストン、ホンダ、NTTコミュニケーションズ他の企業が先行的に取り組んでいます。