連載:企業と人権、その先へ(11)

ミャンマーのクーデタ発生からこの2月1日で1年が経過した。残念ながらこの1年で状況は悪化の一途をたどり、報道によれば死者数は1300人超と、軍による人権侵害行為はミャンマーの人々の日常を脅かしている。以前にも、ミャンマーのクーデタに際して企業が取るべき行動について触れたが、改めて民主主義の危機に直面する社会で企業というアクターが果たす役割について考えてみたい。(弁護士・佐藤 暁子)

2021年2月1日、発生したクーデターによるミャンマーの混乱は収束の気配がない 写真:AFP/アフロ

日本企業がこういった場面において声をあげない、また、立場を明らかにしない理由として「政治的な発言は控える」といった理由がよく聞かれる。新疆ウイグル自治区における強制労働に対する発言が記憶に新しい。しかし、企業は「政治的」な発言をしてはいけないのか。あるいは、企業は政治と無関係でいられるのか。

私たちの生活のあらゆる場面が政治と切っても切り離せない。環境問題も、労働問題も、差別問題も、ジェンダー問題も、全て政治の場での取り組みが必要不可欠な課題だ。

そして、企業もこのような社会の構成員である以上、「政治的」な課題について当事者として関わっており、また、その影響力からしても取り組む責任があると言える。

企業の事業活動は既存の社会の枠組みの中で行われており、その枠組みに対する価値を体現しているとも言える。そして、その枠組みを作る役割を担う政治にも当然、参加している。

つまり、原理原則として、企業が政治と距離を置くなどということは、その存在のあり方からして不可能である。政治的な発言を「しない」ということは、今のあり方を容認していると評価されることは国内であろうが国外であろうが変わらない。現状の不正義に対して沈黙を保つことは、決して本質的に中立なのではなく、単に追認しているだけである。

例えば、BLM(ブラック・ライブズ・マター)では、個々の企業も明確に人種差別に対し反対の声をあげ、さらに、その価値観に反するようなジョージア州の選挙関連法についてもNOを突きつけた企業もある。

企業利益を超えるような社会課題に関する政策に対してもロビーイングを行うといった企業の行動は、パーパス経営の考えにもつながる(もっともいずれの社会課題も企業活動と繋がりがあることがほとんであるが)。

株主利益の最大化のみならず、「パーパス」がこれからの経営の主軸であると説かれるが、そのパーパスは果たして誰のため、どのような社会を作り上げるためのパーパスなのだろう。

その視点を掘り下げていくと、自ずと民主主義というシステムや人権といった価値観に重なってくる。なぜなら、一人ひとりの尊厳、自由を実現するためには、人権が保障される民主主義に基づくアプローチが土台となり、それ無くしてパーパスは追求できない。逆に言えば、これを意識することなくパーパスを語ったとしても、取り残されてしまう人たちが出てくる。

パーパス実現のためには積極的なアクションが必要であり、それは市民社会の一員である企業市民(コーポレート・シチズンシップ)として、マイノリティーに対する差別や格差といった社会課題に対して声を上げることも含まれる。

日本でも、例えば、未だ法制化されていない同性婚について、「Business for Marriage Equality」という取り組みがされている。2月2日時点で、212の企業・団体が婚姻の平等への賛同を表明している。このような個別の社会課題について企業の声が可視化されることは大切だ。

ミャンマーだけではなく、香港、あるいは世界各国で見られるように、民主主義は決して所与のものではなく、脆い。これを持続させるためには弛まない努力が必要である。企業自身が一市民として何ができるのか。具体的なアクションを起こし、社会的責任を果たすことが求められている。