オルタナは3月25日、ウクライナで取材活動を行うジャーナリスト/ドキュメンタリー作家の小西遊馬氏(23)とオンラインでつなぎ、「緊急報告会」を開いた。小西氏は3月11日にポーランドから陸路でウクライナに入り、16日から首都キーウ(キエフ)で取材を続けている。小西氏は現地で何を見たのか。(オルタナS編集長=池田 真隆)

ウクライナ・キーウで活動するジャーナリスト/ドキュメンタリー作家の小西遊馬氏
3月25日に開いた「緊急ウクライナ現地報告」イベント

――市民はどのような生活を送っていますか。

いま首都キーウの北西にいます。ミサイルも近くに飛んでくる場所です。

キーウ市内すべてをまわっていませんが、住宅街なので市民の生活はそれなりに見えます。

見ている限りでは不足している物資はガソリンの値段が少し上がりました。電気は通っていて、ネットも使えます。水道も問題ないです。ただ、タバコが手に入りにくく、個人的に苦労しています。また、お酒は販売禁止です。

ただ、1日に2時間程度開かれる「闇市」があり、みんなそこでお酒を手に入れて、夜にこっそり飲むという生活が続いています。

外出禁止令は夜の8時から朝の7時までで、日中は比較的外に出ている人は多いです。公園に行ったり、歩いてコーヒーを飲んだりしています。ほとんどの店は閉まっていますが、小さなコンビニやスーパーマーケットは営業しています。

外出禁止令が出たキーウの様子 撮影:小西遊馬

――公園では子どもたちが遊んでいる姿があったとのことですね。

3歳と4歳の子どもを連れた親子にインタビューしました。ものすごく大きな爆撃がなったらすぐに帰ることにしていると言っていました。また、すぐに逃げられるように着替えがものすごく早くなったそうです。

――ロシア軍の空爆の状況はどうでしょうか。

飛行機からミサイルを打たれることはあまりありません。ただ、遠距離からミサイルが飛んでくることが多いです。朝と夕方に集中しています。暗くなりはじめてからと、朝の5~8時台が多いです。

夜にはミサイルの音が鳴り響く 撮影:小西遊馬

――戦時中ですが、市民は「落ち着いている」そうですね。

ゼレンスキー大統領の対応や市内に兵隊がいるので、自分たちを守ってくれているという信頼があるのだと思います。ウクライナ側が巻き返しているという情報もあり、過度な不安は抱いていないように見えます。ですが、恐怖がないわけではありません。

ただ、2日前にゼレンスキー大統領の側近が「ジャーナリストはスパイ」という発言をしました。ロシア軍はショッピングモールの武器倉庫などを狙っていますが、それはウクライナ側にロシア側の工作員が入って、どこに武器を隠しているのか位置を特定しているからです。

その側近は、ジャーナリストが映像や写真を撮っているから、特定されたという的外れなことを言いました。この発言から取材が難しくなりました。知らない外国人に対して市民は疑いの目を向けるようになりました。

すでに私も2回警察に「お前はスパイか」と尋問を受けました。今日もありました。かなり緊張感は高まっています。

――市民はゼレンスキー大統領をどう評価していますか。

話を聞いた限りでは、一回も悪いことは聞いていません。評価は高いです。ただ、市民が心配しているのは、戦争が終わった後のことです。英雄として祭り上げられているので、過去の歴史をたどると結果として起こり得るのは、戦後に汚職で国がもう一度混乱することです。そのことに対して少し心配している市民はいますが、現段階での評価は高いです。

――ウクライナに行ったきっかけは何でしょうか。

ウクライナに来る前にバングラデシュでロヒンギャ族の取材をしていました。帰国してきて、体力的にもメンタルもかなりやられていました。

ウクライナ侵攻に関するニュースは意図的に見ませんでした。しばらくして回復したときに報道を見たら、キーウに入っている日本のメディアがそのときはありませんでした。

そのときに「やばい」と思いました。ジャーナリズムを職業にしている人間として、行くことはリスクもありますが、報道しないことはいけないと思いました。日本のほとんどのメディアが外国のメディアが入手した情報を転載していることに責任を感じました。

もしすでに日本のメディアが入っていたらここには来ていないです。どこも入っていないから僕にできることがあると思ったのです。

いま、香港人ジャーナリストと一緒に動いています。彼とは2019年の香港民主化運動のときに出会いました。民主化運動のときも僕と同世代の若者が警察に暴行を受け、逮捕されました。

その民主化運動が終わってまだわずかですが、香港を気にかけている人はどれだけいるでしょうか。そのジャーナリストの友人が、いまのウクライナを考えることが今後の世界情勢や歴史を考えることに非常に大きな意味を持つと言いました。だから行こうと思いました。

爆撃を受けた直後 撮影:小西遊馬

――親ロシア派の人はどういう反応でしょうか。

親ロシア派の人の取材は十分ではないのですが、祖父母が親ロシア派だった人に話を聞きました。完全に情報がシャットダウンされていて、この戦争は「ウクライナが原因」という情報が流れ、議論する余地がないとのことです。

これは2019年の香港の民主化運動のときと同じ状況です。民主化運動のときに戦っていたのは僕と同じ世代の若者で、彼らの親は親中派でした。

自分の息子に対して、「何をしている」「あなたが悪いから逮捕される」と言い放ち、多くの若者が家を出て戦っていました。彼らは「議論する余地がない」と言っていました。だから、親ロシア派の人との溝を埋めていくことは難しいと思います。

――フリーのジャーナリストとして単独で紛争地にいることのメリットとデメリットを教えてください。

メリットはたくさんあります。フリーなので誰にも「行くな」と言われません。はじめはポーランドから地方都市のリビウに滞在していました。リビウでは日本のメディアにたくさん会ったのですが、みんな「上層部からキエフ入りは止められている」と言っていました。それぞれのジャーナリストはしっかり報道したいという思いはあるのですが。僕にはそれがないので、自由に動けます。

また、これは結果的なメリットかもしれませんが、お金がないので現地の人に助けてもらわないと活動できません。ただ、それが取材に役立っています。もしお金があれば、キーウの中心のゼレンスキー大統領がいる近隣の高級ホテルに泊まれます。

ただ、そうすると「現場」を見ることはできない。僕の場合は、お金がなくて結果的にそうなっているだけですが、それが現地の人と関係性を築くことに一役買っています。

デメリットはセキュリティを確保できないことです。お金がないなかでどう安全を確保するのか。これは僕だけでなく、フリーランスのジャーナリストが抱える共通の課題です。セキュリティを雇うと数百万円は掛かります。

――日本の一市民である私たちは何ができると思いますか。

僕に何ができるとは言えませんが、「しっかり知って自分で考える」ことだと思います。ただ、しっかり知ることはものすごく難しいです。自分の正義のために戦うのではなく、しっかりとその人たちのためになっているのか常に自問自答して取材活動を続けています。

その中で浮かび上がってきたベターな道を一緒に進むことしかできないと思います。これまで断片的な情報で「かわいそう」と思い込み、その結果、日本だけでなく世界が「ありがた迷惑な支援」をしてきました。

本当にその人が欲していることは何か、食料やお金だけでなく、「愛しているよ」という一言だけで救われることもあります。本当に何がいまの段階でベストなのか、ちゃんと知り、そこから浮かび上がった行動をそれぞれの人ができればいいのではないかと思います。

――ウクライナが日本に期待することは何でしょうか。

日本に期待することは聞かないですね。すでに多くの支援を感謝しています。ですが、日本だけでなく、世界に要求しているのは「空を閉じてほしい」ということです。いまのところ話を聞いた全員が言っています。

ロシアからの空爆を防ぎたいという思いと、ロシア機が各国の領空を飛ぶことを禁止してほしいという意味もあるかもしれません。

――現地に入ってから最も事前の想像と違ったことは何でしょうか。

食料ですね。最初は地下のシェルターで過ごすかと思っていましたが、キーウ入りして一回もシェルターには入っていません。たくさんインスタントフードを持ってきましたが、まだ一回も食べていません。

あとは、市民の人がこれほどジャーナリストに懐疑的になるとは想定していませんでした。

――国土を明け渡しても戦争を早期に解決したいと思う人はいますか。

ほぼいません。ウクライナのロシアに対する見方は日本とは大きく違います。こっちでは、プーチンがどういう人間か隣で見てきたので、妥協したら彼らは永遠に続けてくると思っています。

ここで引くことはほぼ意味がないと市民は考えています。少なくとも取材した人は全員そう言っていました。

――メディアは激戦地だけを切り取って激しい映像を流したいと思います。いま小西さんがいる場所は静かですが、激戦地といまいる場所はどれくらい距離がありますか。

イルピンやブッチャなどの激戦地からは5キロ程度離れています。今は静かですが、もし5時間後にこのライブをしたら皆さんにも聞こえるくらい爆撃は響きます。いま、ロシア軍は民間人を狙っているので、爆撃の回数はかなり多くなりました。

――ロケット弾が落ちないとは限らないですが、そういう恐怖心はありますか。

それはもちろんあります。一昨日、ジャーナリストがショッピングモールの駐車場で亡くなりました。女性ですが、彼女は駐車場にヒットしたミサイルの爆風で亡くなりました。

実は彼女がいた同じ場所に3時間前にいました。なので、一昨日はかなりショックを受けました。僕が滞在しているアパートメントで、そこの家族と、一緒に行動しているジャーナリストとご飯を食べているときもみんな黙って食べていました。

キーウは爆撃を常に受けている訳ではないので、そういう恐怖心はないのですが、ミサイルが直撃して寝ている間に死んでもおかしくないとは思っています。

――ウクライナ市民に必要な支援は何だと思いますか。

一番は避難した人への支援です。ウクライナの人は英語を話せない人が多いです。国外に逃げていった人は英語を話せないと仕事もできない。生きていくことが難しい状況です。

彼らへの食料や就業支援、日本だとしっかり難民を受け入れることは確実に必要な支援だと思います。

――フェイクニュースが流れていると感じますか。

SNSをチェックする時間はあまりないので、見てはいないのですが、ウクライナ側もウクライナに不都合なことは流さないと思います。

市民の士気を下げる情報は、事実であっても流さないとは思います。「絶対に負けるはずがない」「軍隊を心から信頼している」というムードはメディアがつくったと思います。ですので、ウクライナの人が冷静にこの戦争を見ているかといえば「イエス」とは言えません。

――ご家族や友人はどう見ていますか。

実はキーウに入るまで家族には言っていませんでした。心配をかけたくなかったからです。いまは、心配はしていますが、応援もしてくれています。友人も同じです。たくさんのメッセージをもらっています。

――自分を冷静に保つためにしていることはありますか。

これはすごい問題です。職業柄、重要なテーマだと思いますが、取材ではものすごくグロテスクな現場を見ます。そのときに冷静に冷徹に取材を続けるのは難しいです。

これまでは日本から持ってきた青竹踏みで足をマッサージしたり、ヨガや瞑想をしていたのですが、ウクライナでは効果がないです。

いまは自分の心を落ち着けるのは、タバコを吸うくらいです。喫煙量はものすごくあがっています。それくらい今日死ぬかもしれないという状況で、自分の心を落ち着かせることは非常に難しいです。

――日本に来たウクライナ人にどういうことを気遣ってあげたら良いでしょうか。

分かったようなことを言わないことです。彼女たちの苦悩や痛みを分かったようなことは言わないようにすることが重要だと思います。

意図しないでも言ってしまうことがありますが、ただ黙って話を聞いてあげることができたらいいのかなと思います。これは自分自身への自戒でもあります。

――小西さん自身の撤収基準をどう考えていますか。

撤収の基準は難しいです。ただ、爆撃の音はすごく大きく聞こえるようになりました。夜にはロケットランチャーを載せた戦車もすぐ近くを通っています。

500メートル先も爆撃されて、徐々に死の香りが近くなってきました。さっきも取材していて、86歳の女性に話を聞いていました。その女性の家族はポーランドに逃げましたが、一人で残っていました。

その方のご自宅の庭先で取材していたら、ウクライナの警察官が入ってきました。手にはマシンガンを持っていて、自分はメディアの人間だと説明しても信用してくれませんでした。

自分のパスポートの中にあるバングラデシュのビザを見て、「お前はバングラデシュから来たのか」と言われ、尋問を受けました。

その警察は酩酊していて、彼とよくよく話すと2日前に自分の息子がマウリポリで殺されたことが分かりました。精神的に安定しないのに、マシンガンを持って巡査しているという状況はかなり危ない。

不穏さが徐々に出始めたので、今日の夜にキーウを出てリビウに向けて出ようと思っています。

――リビウへの移動手段は何を考えていますか。

車を手配していましたが、電車の中を取材したいので、電車で帰ると思います。

――リビウ行きの電車は動いていますか。

まだ動いています。昨日銃撃を受け、タイムスケジュールが変わったりはしますが。

――活動していることを今後どう生かしていきたいですか。

次の取材に行ったとき、それが危険な場所ならこの経験は生きると思います。ただ、紛争地はその場その場でまったく違うので、生きるかは分かりません。あとは、今回見てきたものをちゃんと日本に帰ったら伝えたいと思います。

――フェイクニュースに引っかからないためにはどうすればよいですか。

なるべく、一次情報に近づくことです。その現場の近い場所にいた一次情報を持った人にアプローチする。一つではなく、たくさんのところから集めて、精査すること。それしか道はない気がします。

――ロシアに立ち向かうウクライナが美化されて、日本の軍事増強を助長する懸念があると思います。改めてウクライナに行って、戦争と平和をどう考えますか。

その傾向は出てくると思います。一番、日本に影響が出ると思うのは、ウクライナ侵攻の終わり方によっては、中国が台湾をどう落とすのかが決まります。台湾に中国が侵攻したら、日本は無関係でいることはできません。米国の軍が日本にもたくさんいるので。戦争とは何かをちゃんと考えないといけないと思います。

――取材していた一番印象に残ったのは、どんな方のどんな言葉でしょうか。

印象に残ったのは小学校です。キーウ市内の小学校の給食室で市民のボランティアが集まって、毎日兵隊向けに千食程度つくったり、弁当を運んだりしています。料理長は、「自分は料理ができる。彼らは銃が撃てる。この国を一緒に守っている」と言いました。

これはキーウの状態を端的に表した言葉です。みんな自分の持ち場を守って、一致団結しています。僕が住むアパートメントの方は、自分たちのようなジャーナリストを全力でサポートしています。

僕は11階の部屋に寝ていますが、この部屋に住んでいた人には会ったことがありません。その人はポーランドに逃げる際、部屋のカギを置いていったそうです。その人は何かあったらいつでも使っていいからと言い残したそうです。さらに、車も自由に使っていいと言ってくれました。

みんな助け合っているので、それがすごく印象的です。戦時だからこそなのかもしれませんが、こんなに優しくなれるのかと思います。

――危険だと分かっていても現地に向かう原動力は何でしょうか。

誤解を恐れずに言えば、一つ根底にあるのは下世話な好奇心だと思います。それはものすごくエゴイスティックで何かを見たいという思いです。その一方で、本当に誰かのためになりたいという思いもあります。

その「何か」とは究極の状態だから表れる「人の美しさ」のようなものです。それは香港の民主化デモ、ロヒンギャの難民、フィリピンの路上で血のつながりはないけど暮らす「家族」を取材したときも見ました。

それは僕が世界はこんなに美しい、僕自身も世界をもう少し信じてもいいと思う大事なことです。それを確かめたいというエゴイスティックな思いと、誰かのためになれたらいいという二つの思いあります。

――5~10年前だであれば、このように現地の人とリアルタイムでつなぐことはできませんでした。戦争報道は変わると思いますか。

変わると思いますね。リアルタイムでつなぐことができると情報操作しにくくなります。

――今回撮影した映像をドキュメンタリーにする予定ですか。

本業はドキュメンタリーなので、ドキュメンタリーにする予定です。出し先が見つからなかったら、SNSで出すのでシェアしてもらえればと思います。

小西遊馬:
1998年千葉県生まれ。慶應義塾大学 総合政策学部在籍。「人を動かすジャーナリズム」を掲げ、世界中を飛び回ってドキュメンタリーを制作。これまでにロヒンギャの難民問題、マニラの路上で暮らす疑似家族、インドネシアのミイラの風習、香港デモなどのドキュメンタリーを制作し、国内外で賞を受賞。取材道中の出来事や撮影者自身の日常をInstagramを中心にSNSで公開し、若い世代に向けて情報発信している。

作品受賞履歴:ロンドン国際映画祭/ロス国際映画祭 セレクション, Asia on film /国際平和映像祭 アワード受賞, ニューヨーク国連本部 招待
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