オルタナ・テシスとは
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CSR(企業の社会的責任)の時代とも称される21世紀の企業経営は、企業と市場という伝統的な関係性だけを考えれば良いというものではありません。これまで企業は、市場での活動の最適化と効率化を図り、競合他社と切磋琢磨しながら、私達の生活に快適さ、便利さ、そして幸せなど様々な価値を提供してきましたが、現在は、ここに社会との関係という新たな観点を組み入れることが求められています。(倉持 一)

■一定の役割を果たしたM・ポーターのCSV

この大きな変化の中で、CSRは様々な議論を経て企業経営に溶け込んできましたが、これまでの様々な議論を振り返ると、CSV(共通価値の創造)の登場は、企業と社会との関係を考える上で大きなインパクトを与えるものでした。

企業が社会課題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値をも創造するというこの魅力的な考え方は、競争戦略論の泰斗であるマイケル・ポーター教授(ハーバード・ビジネス・スクール)らしい着想と言えるでしょう。

CSVは多くの企業の経営にも大きな影響を与えていますが、それはCSVが、企業がいかにして社会に責任を果たしていくべきなのかという伝統的なCSRの議論と、他社に負けないポジションの獲得を目指すという競争戦略論との融合に、一定程度成功しているからだと考えられます。

現在では、国内外の多くの企業が、自社ウェブサイトでCSVに関するコンテンツを提供するようになっています。こうしてCSVは企業経営にインパクトを与えましたが、近年、さらに「パーパス経営」という新しい考え方も登場してきました。

パーパス、すなわち、企業の存在意義を軸に企業経営を組み立てていくことが、パーパス経営のポイントです。

たとえば、SOMPOホールディングスは、2021年度からの新たな中期経営計画の中で、「”安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」というパーパスを明示し、自社の企業経営の基本原則としました。

キリンホールディングスは、従来同社が重視してきたCSVの考え方を独自に発展させ、「CSVパーパス」として再構成し、「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」ことを目指すと宣言しました。

このように、先進的、挑戦的な企業がパーパス経営に取り組むようになったことは、企業と社会との関係をより一段と成長させるきっかけとなるでしょう。

■パーパス経営の推進における新たな課題

CSVが有する理論的、実務的な素晴らしさは、前述したように、CSRの本質でもある社会的価値の創出を競争戦略論に組み入れ、経済的価値の創出と結びつけたことにあります。

しかしこれは一方で、CSVの正当性の一部が、経済的価値の成立にも依存することを意味します。「利益」という経済的価値は、私達に合理的な正当性、モチベーション、説得力などをもたらします。CSVが多くの企業に受け入れられた背景の一つとも言えます。

他方、パーパス経営の要諦は存在意義にあり、それは多種多様な価値観をベースとして成立するものです。A社とB社では考えるパーパスは異なりますし、同じ企業に属していても、異なるバックボーンを有する社員が考えるパーパスは様々でしょう。

それに、利益という数値化が容易な経済的価値に比べると、パーパスには言語的で数値化が難しい部分がありますので、漠然とした印象が残ることは否定できません。

以上の点を鑑みれば、今後は、パーパス経営の正当性やモチベーションをどうやって社内で引き出し、新しい経営を推進していくかが重要となります。トップダウンでいきなりパーパスなる言葉を突きつけても、社内では消化不良を起こすだけでしょう。特に、これまで利益を軸に自社と社会との関係を正当化してきた企業にとっては、その軸を失う可能性すらあります。

そこで必要なことは、パーパス、CSV、CSRなどといった様々な考え方をしっかりと整理し、「自社のあるべき姿は何か」「善き経営とは何か」などという困難なテーマを社内で真摯に議論した上で、その実現に向けて、企業と社会との関係をリフレーミングしていくことです。

しかし、これは容易なものではありません。パーパス経営の登場は、企業と社会との関係に新たな可能性を示すのと同時に、企業にこれまで以上に奥深い新たな課題をもたらしたと言えるでしょう。

倉持一(くらもち・はじめ) 実践女子大学 生活科学部 現代生活学科 准教授 

 立教大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。専門領域は、高い倫理観と透明性を土台とし、社会と企業とに高い付加価値をもたらす善きビジネスの探求。近年は、競合他社に負けない「強い経営」とSDGsやサステナビリティに配慮した「優しい経営」の両立を主な研究テーマとしている。著書に『中国のCSR(企業の社会的責任)の課題と可能性-善きビジネスの実現に向けて-』など。