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ロシアのウクライナ侵攻開始(2022年2月24日)から5カ月が経とうとしている。「核戦争に勝つという希望は、人々の傲慢の証でしかない」と、国際政治学者で現在は参議院議員の猪口邦子氏の著書「戦争と平和」は厳しく諫めている。(オルタナ総研フェロー=室井 孝之)

猪口邦子著『戦争と平和』

同書は、猪口氏が上智大学法学部助教授時代の1989年に初版を上梓した。同氏にとって「戦争と平和の歴史に学び戦争の構造を解明し、平和への考えを深めていきたいという国際政治学を志して以来の念願の書」である。

同書では冒頭、「西洋ではホメロスの詩にうたわれたミケーネ文化が栄え、東洋では殷の王朝が勃興した前15世紀ごろから今日までの3500年におよぶ歴史のなかで、戦争の記録がないのは200年余りであると言われている」と記した。

まさしく「戦争は実に歴史のなかで最も反復的に生じてきた悲惨な社会現象のひとつ」だ。

同書には「『戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない』というユネスコ憲章の言葉は改めて重みを持つ」と記されているが、領土拡大を狙うプーチン大統領には全く伝わらない。

同書は、「戦局の拡大過程は戦争プロセスの本質である。にもかかわらず、その予見を欠いた粗末な戦略から生まれる戦争はあまりにも多く、幾多の長期戦が数週間程度のものという強気の楽観の下に始まっている」と説く。

そして「戦争は一旦始まれば開戦時の予想を欺く独自のエスカレーション力学の虜となって、人間の予見の愚かさのみを明らかにする場合が多い」と続く。

戦争には、開戦、攻撃対象と使用武器の制限がある。

「開戦については、1907年のハーグ平和会議が『開戦に関する条約』で最後通牒の通告や宣戦布告を行うことを定めた」

今回のロシアの侵略行為に対しても、国際武力紛争として、武力紛争の危険から、民間人などの非戦闘員を保護するための法律である国際人道法が適用されるはずだ。

具体的には、1949年のジュネーブ条約、1977年のジュネーブ諸条約第一追加議定書、1907年のハーグ条約および慣習国際人道法の諸規則である。

ウクライナとロシアはともに、1949年のジュネーブ条約、及び同法第一議定書の締約国である。

「軍事的攻撃の対象を戦闘員と軍事目標に限定する軍事目標主義は、キリスト教的秩序の流れをくみ、ヨーロッパ世界の規範となった後、1907年ハーグ平和会議にて成文化された」

しかし露軍の住宅やショッピングモールへの攻撃を見ると、キリスト教的秩序のひとかけらもない。

同書は「国連による国際総合安全保障体制は4つの支柱に支えられるべきである」と説く。一つ目は、「戦争を未然に防ぐ予防外交によるパックス・ディプロマティカ(筆者訳:外交による平和)」である。

二つ目は、「平和醸成活動」である。

具体的には、

1) 貧困の救済、人権の擁護、社会的不正義の是正、経済基盤の育成、通信や教育の普及などで底辺から社会事情を安定化させることを指導しつつ

2) 難民救済や環境保護を通じて地球的存在としての人類共同体への意識を形成したり

3) 問題解決のための協調的手法のノウハウを日常的に育成する

三つ目は、「戦争が発生した場合には事務総長を中心とする交渉、周旋、仲介、調停により

戦局のエスカレーションを防止して停戦に向かわせる平和実現活動」である。

四つ目は、「停戦を監視して戦争終結状況を安定化させる平和維持活動(PKO)の強化」である。

■核の使用は、地球への畏敬を忘れた人々の傲慢の証でしかない

同書は、「戦争は外交の失敗の結果であり、市民の戦争に対する防波堤が心に築く「平和の砦」(ユネスコ憲章)や経済的相互依存のネットワークであるなら、国家の戦争に対する最も基本的な防波堤は、外交と対外政策である」と教訓を述べている。

「戦争の終わり方には大別して二通りある。ひとつは片方の当事者が絶滅する場合で、もうひとつは休戦が戦争続行より高い効用をもたらすことを交戦国が互いに知って交渉と講和に至る場合である」とも示す。

「交戦国は、戦争目的と破壊規模の費用便益計算を行いながら使用兵器の水準や攻撃対象の範囲をめぐって、互いに牽制し合い、制御し合って戦争からの出口を模索していく」と終結へのプロセスを論ずる。

プーチン大統領は核の使用を示唆したが、同書は、「核戦争は勃発しても制御可能であるという戦略的発想は、人間の予見能力の貧困を証明するものでしかない。核戦争に勝つという希望は、数十億年の複合奇跡の末に人類を宿すことになった地球への畏敬を忘れた人々の傲慢の証でしかない」と厳しく諫めた。