気候変動問題が深刻化するなか、世界の平均気温の上昇を「1.5度以内」に抑えようと、国際社会は「脱炭素」に向けて舵を切った。企業にとってGHG(温室効果ガス)排出量の削減と情報開示は喫緊の課題だ。だが、何から始めたら良いのか悩む担当者は多い。帳票・文書管理およびデータ活用大手のウイングアーク1stは、BIツール「MotionBoard(モーションボード)」をはじめとした自社製品を使ってGHG排出を「見える化」するプロジェクトを立ち上げた。自らの経験を取引先にも共有しながら、「自社でできる気候変動対策」を提案する。
■手法を模索するなかでたどり着いた、自社BIツールという選択
ウイングアーク1stは気候変動対応として、SCOPE(スコープ)3(※)を含めた「2030年までにネットゼロ」という目標を掲げている。
※SCOPE1は燃料など事業者自らによるGHGの直接排出、SCOPE2は電気や熱使用に伴う間接排出、SCOPE3はSCOPE1・2以外の間接排出で、原材料の調達や輸送、販売した製品の廃棄などサプライチェーン全体の排出量が対象になる
同社の取り組みを牽引しているのが、サステナビリティ推進室の鹿島忍だ。TCFD提言に基づく情報開示への取り組みの中で、いざ自社GHG排出量の計測をしようとすると、「範囲が広く、カテゴリーが細かく分類され、何から始めて良いか分からなかった」と打ち明ける。
「正直なところ、環境系のコンサルティング会社や、GHG計測のための専用システムに任せたいという思いもあった。しかし、予算や機能面などはまだ効果を測ることが難しく、折り合いがつかなかった。今後GHG排出量の計測を定期的に行っていくことを考えると、社内にノウハウを蓄積していく必要性も感じた。外部有識者のアドバイスもあり、自社BIツールを活用することで、無理なくできるところから進めていける道筋が見えてきた」(鹿島)
BIツールとは「ビジネスインテリジェンスツール」の略で、企業に蓄積された大量のデータを集めて分析・見える化し、迅速な意思決定を助けるソフトウェアだ。連携するデータに応じて、経営指標の可視化や営業の案件管理、在庫の適正化など、様々な切り口で業務に適応した分析が可能となる。
今回の取り組みにおいては、GHG排出量のデータと連携することで、実態の可視化や課題の特定など自社にあわせて自由度高くデータを分析する必要があった。
また、非財務情報の開示仕様がまだ固まりきっておらず、これから変動がある可能性を考慮しても、必要なデータを組み合わせて多角的に分析し、新たな基準にも対応したダッシュボードを柔軟に作ることができる点が最適だと考えた。
■始動した「見える化」プロジェクト
こうして2022年、MotionBoardを活用したGHG排出量の「見える化」プロジェクトが始動した。このプロジェクトはサステナビリティ推進室と、自社の顧客に対してMotionBoardを活用したGHG排出量の可視化の取り組みを提案していた製造DX企画部が連携する形で進められた。
「見える化」を行うためには、まず必要なデータの収集が不可欠だ。同社では、TCFDから開示された測定基準に則り、SCOPE1・SCOPE2は社用車の燃料や営業拠点毎の電気使用量、SCOPE3は経費データなど、測定のベースとなるデータの基準を定め、収集・蓄積に取り組んだ。
社内のGHG排出量算出を担当するサステナビリティ推進室の武内朋は、「総務や経理から電気代や経費のデータを集めて、GHG排出量を算出していくが、フォーマットもばらばらで時間も労力もかかる。SCOPE3に広がれば、膨大な量になる。きちんとやらなければと思う一方で、課題も多かった」と吐露する。
収集したデータに適正な係数を乗じてGHG排出量を算出し、そのデータをMotionBoardに連携することで、GHGデータの統合・可視化を実現する。
連携部分を担当したサステナビリティ推進室の幾田修平は、「MotionBoardの強みを活かして、全体傾向から詳細までブレイクダウン分析ができるような仕組みで実装した。また、一人ですべてを担当するのではなく、デザインに関して知見のあるメンバーに入ってもらうなど、社内で協力体制を作りながら進められたのが良かった」と話す。
一方、見える化だけでは不十分だと語るのは、製造DX企画部 部長の荏原光誠だ。
「『ネットゼロ』という最終目標を考えると、1年に1回、結果を報告するだけでは不十分。マネジメントでどう使っていくかが重要だ。部門別、前年度比といった情報があれば、『改善』につなげることができる」
こうして試行錯誤のうえ構築された「Green Transformation(GX) Dashboard」は、排出量の把握だけでなく、削減につなげるための工夫が施されている。
「排出量削減活動のモチベーションを維持するためにも、減っている感覚をどう演出していくか。経営者だけではなく、全員が当事者意識を持って管理できる仕組みづくりを目指している」(荏原)
■自社の経験をソリューション化してお客様へ還元する
MotionBoardは、生産現場の可視化・分析ツールとして多くの製造業で利用されていることもあり、GHG排出量の計測に関して相談を受ける機会も増えている。
荏原は、「2021年後半から、特に自動車関連企業のお客さまから、GHG排出量の『見える化』についての問合せが増えてきた」と話す。その背景には、パリ協定での合意内容がある。
パリ協定では、世界の平均気温上昇を「1.5度」以内に抑えるため、2050年までにGHG排出量ネットゼロ(カーボンニュートラル)を目指す。世界各国が「1.5度目標」に合意したCOP26(2021年11月)以降、世界の先進企業は次々にスコープ3の目標を策定。取引先条件の一つとして、サプライヤーに削減目標の達成を求める動きも出てきており、製造業にとっては待ったなしの状況だ。
そのような中、「自社のGHG計測を行うなかで得た経験や知見を、気候変動対策といった新しいテーマに悩まれているお客さまにも還元していきたい」との想いから、MotionBoardの導入企業には、GHG排出量を可視化できるテンプレートを無償でダウンロードできるようにした。
「データの一元管理や『見える化』は私たちの得意分野。MotionBoardを活用したカーボンフットプリントの仕組みをソリューション化してお客さまへ提供し、自社だけでなくお客さまのサステナビリティの推進を支援できたら」と、荏原は展望を語る。
ウイングアーク1stは、「Empower Data, Innovate the Business, Shape the Future.」をコーポレートビジョンに掲げる。サステナビリティの方針として、サービスを提供することで、ヒトや組織をエンパワーし、データ駆動型社会を形成し、より良い社会を生み出していく再生的なシステムを創ることを目指す。
「MotionBoardは、気候変動だけではなく、人的資本など、その他の非財務領域の指標まで『見える化』できるもの。ほかにも、電子帳票プラットフォーム『invoiceAgent(インボイスエージェント)』や『Dr.Sum(ドクターサム)』など、省エネに貢献できる製品も多い。自社のGHGを削減するだけではなく、データの力を活かして気候変動対策のハードルを下げ、社会全体の『脱炭素化』に貢献していきたい」(鹿島)