社会起業家は「変に邪魔をしないこと」が最善の支援

記事のポイント


  1. 社会起業家支援は「変に邪魔をしないこと」が最大の支援に
  2. ケアプロはワンコイン健診を事業に、弱者に寄り添って社会課題に挑戦
  3. 訪問看護ステーションや交通医療プラットフォームなどで心の痛みをケアする

岸田首相が持論の「新しい資本主義」の中で社会起業家支援を打ち出しました。期待したいところですが、お金をつぎ込む支援は自立性を損ない依存心を強めるだけ。本物の社会起業家なら卓越したアイデアと無尽蔵のエネルギーを内包しています。変に邪魔をしないことこそが最大の支援だったりするものです。

ケアプロの川添高志代表

■「CAREは一生」の看護師を志す

500円のお手頃価格によるワンコイン健診(セルフ健康チェック)で知られる医療看護の社会起業家、ケアプロ株式会社の川添高志代表取締役(写真)はその典型で、時代のニーズをうまくくみ取りながら年々業容を拡大しています。川添さんを通して社会起業家のあり方を考えてみましょう。

慶應義塾大学看護医療学部を卒業した川添さんが25歳の若さで2007年、取り組んだのがワンコイン健診でした。血液検査で血糖値、総コレステロール、中性脂肪などを測定するサービスで、大学時代に米国ミネソタ州の病院で研修した際、たまたま立ち寄った大型スーパーの店舗で「ミニッツ・クリニック」という簡易な健診と治療を安価で行っているリテイル・クリニックという存在を知りました。病院のアルバイトで知り合った糖尿病で足を切断した患者が「もっと早く健康診断をしておけばよかった」と嘆いていたこともあり、ミニッツをモデルに日本版を考え出したのでした。

サラリーマンなら勤め先で定期的に健康診断を受けるのは当たり前ですが、フリーターなど健康診断に行かない健診弱者が日本には3600万人もいたのです。健診をしないと、知らないうちに生活習慣病が重篤な病気になってしまうこともあります。本人も大変ですが国全体の医療費が膨らみ社会保障制度を揺るがしかねない問題です。ケアプロの発想はまさに弱者に寄り添い、社会課題に挑戦することでした。
川添さんに看護師を志した理由は尋ねてみました。

「子どものころ、咽頭のポリープの手術で入院した時、先天性の病気などが治らず退院できない人がいるということを初めて知った。CURE(治療)は限界があり、病気が治せなければそこまで。しかし、CARE(看護)には終わりがない。病気が治らなくても、その人が心地よく人生を送れるようお世話ができる」

看護は治療の補助と思いがちですが、実は独自の活動領域を持っており、特に、今後迎える超高齢化者社会で切実に必要なもの。これがケアプロの哲学なのです。

■保健所の横やりにもめげず

ワンコイン健診は予防医療サービスとして注目を浴び、フリーターや忙しくて病院に行く暇がない自営業者だけでなく、買い物途中の主婦や会社帰りのサラリーマンが気軽に立ち寄り、利用者は51万人にも及びました。

セルフで行う自己採血

ところが、保健所から思わぬ横やりが入りました。健康診断は医療行為だから違法だというわけです。確かに医療法上は医師の指示がないと看護師は採血できないことになっています。しかし、ケアプロの場合はセルフで行う自己採血(写真)なので問題はないはずです。電話でやめろと怒鳴りつけられたり、検査キットの仕入れを妨害されたり、公的圧力は強まるばかりでした。背景に既得権益に執着する医師会の圧力があったことは想像に難くありません。保健所も板挟みだったわけです。

おかげで、ケアプロは東横線横浜駅構内の店舗などのお店の閉鎖に追い込まれました。ショックだったし、いいことをしているのになぜ、という悔しい思いが川添さんの心には湧きました。その時、折れそうな心を支えてくれたのは患者さんたちの「負けずに頑張れ」という声援で、視察に来た保健所職員を「帰れ」と追い返してくれたこともありました。

川添さんは当局と事を構えることはしませんでした、「喧嘩するとしこりが残る。最大の敵こそこちらから歩み寄って、自分たちの活動を理解してもらうことが大事」と冷静です。

捨てる神あれば拾う神あり。第2次安倍内閣の産業競争力会議で「ケアプロは有用なサービスだ」との提言もあり、2014年、医師の診療・医療行為とは完全に切り離す形で、薬局やドラッグストアなどによる「検体測定室」という枠組みが法制化されたのです。国の施策に採用されたのはよかったのですが、考えようによっては、時代を先取りした画期的なアイデアを国にパクられたようなものです。営業を妨害されたうえ、ライバルがあちこちに出現したのですからたまったものではありません。

やはり社会起業家のフローレンス代表、駒崎弘樹さんが、待機児童問題の解決のために空き家住宅を使って立ち上げた「おうち保育園」という斬新なアイデアを2015年に小規模認可保育所として国にパクられたのとよく似ています。不当な圧力に屈せず、それを乗り越えて業務を拡大していくのが社会起業家魂の真骨頂と言えるかもしれません。

■若手看護師導入、30人チームで訪問看護ステーション

2012年に立ち上げたケアプロ訪問看護ステーション東京

ケアプロは人が集まるパチンコ店や競輪場、フィットネスクラブ、ショッピングセンターなどでワンコイン健診の出張サービスをしていましたが、2011年の東日本大震災では被災地の避難所で無料で健診をしました。医療機関に通えず、薬も津波で流されてしまった人や訪問看護が必要な人であふれていました。仮設住宅では孤独死が出ました。この課題は日本の縮図だと川添さんは思いました。

今後、わが国では在宅医療が重要になるのに、訪問看護師の数が圧倒的に足りません。しかも年配の主婦が多く平日の昼間しか働けません。これでは、ガンや難病の患者は困ってしまいます。2025年、終末期にケアを受けられない「看取り難民」が30万人に達するといわれます。このままでは大量孤独死のリスクは避けられません。個人のがんばりには限界があります。システムを変えないとだめなのです。

そこで2012年、在宅医療を担うケアプロ訪問看護ステーション東京(写真)を立ち上げました。現在は関連会社、ケアプロ在宅医療株式会社に事業を引き継ぎ、6か所、100人体制で活動しています。

工夫したのはふたつの点です。まず、独身で体力のある若手の看護師不在では夜間や土日に対応できません。訪問看護に関心のある若手看護師はいるのですが、経験や能力の不足から躊躇するケースも少なくありません。そこでまず、新卒・新人看護師向けの「卒後訪問看護研修プログラム」を作り、若手導入を図りました。二つ目は、小規模では赤字になります。30人のチームならしっかりした体制を確立し、安定した経営でこの業界を魅力的なものにできると考えたのです。

最近出会いがあったオランダにひとつのモデルがあります。看護師が2006年に起業したBuurtzorgはオランダ全土に950チームがあり、15000人の看護師らで運営しています。わが国でも「自宅で最期を迎えたい」という人が増えています。似たようなスケールの大きな仕組みが実現すれば日本社会を変えるでしょう。

■交通医療、スポーツ救護のプラットフォームにも挑戦

川添さんの挑戦はこれで終わりません。社会に足りていないサービスは何かと考える中で、今チャレンジしている事業がふたつあります。ひとつは日本初の交通医療プラットフォーム「ドコケア」。在宅医療事業を続ける中で、新たなニーズを発見しました。

「ガン末期で酸素カニューレをしているが、介助者がいれば、最期に新幹線で故郷の家族や親戚に会いに行きたい」「難病で車イスだが仕事で出張に行きたい」そんな外出支援を求める声です。

ドコケアに依頼して上高地へ再訪することができた

重病患者の退院支援や見守りを含め、ちょっとした手助けを求めている子ども、高齢者、障がい者は多いのです。こうした移動は介護保険などではカバーできません。病気の人は看護師の付き添いが必要ですが、大学生でも間に合うケースもあります。

短時間のニーズもあり、介助の仕事は副業ビジネスとしても関心を呼んでいます。ケアプロではあらかじめ介助者に登録をしてもらい、スマホでマッチングします。飛行機、旅行等との連携を進め、乗り物と介助者の予約をセットで行うスキームです。

具体例で説明しましょう。最期に家族と上高地を再訪したいという、ある高齢の男性(写真)は誤嚥性肺炎で入院歴がありました。食事は嚥下調整食で、膀胱留置カテーテル(尿バルーン)を挿入したままです。なんとか思い出の地にもう一度奥さん、息子さんと一緒に旅したいということで、ドコケアに依頼があり、看護師が同行しました。事前に特急列車の車イス用座席を予約し、ホテルの部屋もユニバーサルルームへ変更、食事もミキサー食に変えました。旅行先では、一緒に付き添った看護師が、痛みを訴えた男性の容態をみたり、毎朝の体調、皮膚の状態をチェック。おかげで食も進み口数も普段より多く、元気に旅行できました。

2020年にスタートして以来看護師を中心に80人の登録があり、毎月120件の依頼があります。これがことし末には月1000件に増えそうなほどニーズがあります。

もう一つは、スポーツ界のナースコールこと「ALL SPORTS NURSE―スポーツ救護専門の看護師プラットフォーム」です。高齢だったり障がいがあったりしても安心してスポーツ観戦できるよう、看護師が付き添います。また、スポーツ現場で事故が起きた場合、迅速な対応が取れるよう看護師を派遣する新しい仕組みです。スキー、ランバイク、ボッチャ、ブラインドサッカーなどでの実績があります。

さらに、修学旅行やキャンプ、体験学習などを対象にした「教育旅行看護サービス」も病気、けがはもちろん、メンタルやアレルギーなど問題を抱えている子どもが最近多いだけに需要があるとみています。

■他人の心の痛みのわかる人

世界で社会起業家を育てているアショカ財団のビル・ドレイトンさんに、いい社会起業家になる条件を聞いたことがあります。志が高いこと、社会的課題に関心が強いこと、ビジネスセンスがあること、人脈が豊かなこと、実はそんな答えを期待していたのですが、彼の答えは違いました。彼はこういったのです。

「社会起業家にとって一番大事なのは、他人の心の痛みがわかる人であること」

ケアのプロにはもちろん、それがあります。

harada_katsuhiro

原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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キーワード: #社会起業家

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